「きちんと養育費の合意をしたのに支払われない」という場合でも、諦める必要はありません。
少し手間はかかりますが、子どものために、しっかりと督促して回収できるようにしましょう。
督促しても支払われない場合には、最終的に強制執行という手段を取って相手方の財産から強制的に回収するしかないのですが、以前は、相手方の財産のありか(預金口座であれば、銀行名や支店名)がわからない場合には、強制執行することができないという事態が生じていました。
しかし、2019年の民事執行法改正により、裁判所が相手方の財産を調査できる手続きが新設されましたので、以前よりも強制執行を利用して養育費を回収しやすくなりました。
今回の記事では、養育費が未払いとなった対処法などについて、民事執行法の改正も踏まえて弁護士が解説します。
慶應義塾大学卒。大手住宅設備機器メーカーの営業部門や法務部での勤務を経て司法試験合格。アディーレ法律事務所へ入所以来、不倫慰謝料事件、離婚事件を一貫して担当。ご相談者・ご依頼者に可能な限りわかりやすい説明を心掛けており、「身近な」法律事務所を実現すべく職務にまい進している。東京弁護士会所属。
養育費とは?
養育費は、子どもにかかる生活費のことをいいます。具体的には、子どもの衣食住の費用、教育費、医療費などが含まれます。
養育費の話し合いをすると、「一人で生活するのも大変で、経済的余裕がないから養育費は支払えない」と言われてしまうこともあるようです。
しかし、養育費は、「余裕があるときに支払えばよい」という性質のものではありません。
養育費を支払う義務は、「自分の生活を保持するのと同程度の生活を、子にも保持させる義務」(生活保持義務)であるといわれています(民法887条1項参照)。
これは、一般的には、おにぎりが一つあれば、それも分けるというレベルの義務と考えられています。
したがって、養育費の支払いが滞った場合には、子どものためにしっかりと対処するようにしましょう。
養育費の未払いで悩む単親世帯も多い
厚生労働省が発表した「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」によると、現在も養育費を受け取っている割合は母子家庭で24.3%、父子家庭では3.2%に過ぎずません。
また、養育費の合意をして一時期は養育費を受け取っていたけれども、支払いが途絶えて受け取れなくなってしまう割合も、母子家庭で15.5%と高くなっています。
4人中3人の割合で、母子家庭は養育費を受領できていない状態であり、極めて深刻な事態といえるでしょう。
養育費の未払いの原因は、そもそも養育費の合意をしていない、合意しても音信不通となってしまった、相手方に連絡(督促)したくない、相手方に金銭的な余裕がない、相手方が再婚したことにより新しい家族の生活を優先する、など様々です。
養育費の未払いが発生した場合はどのように行動すればよいのか
養育費の合意をしたのに未払いが発生した場合に、「わざわざ連絡しなくてもそのうち支払われるだろう」と放置するのは得策ではありません。
離婚後も友好的な関係を維持できていて、「少し支払いが遅れるが待ってほしい」という事前連絡があるなどの事情がある場合には、様子をみることもあるでしょう。
しかし、養育費は、子供のために必要な費用ですので、基本的には支払いが遅れれば毅然と督促し、未払いは許容しない態度を明確にする必要があります。
それでは、未払いが発生した場合にどうすればいいのか、その対処法について説明します。
(1)相手に連絡する
まずは、直接相手に連絡して支払うように督促しましょう。
電話でも、書面でも構いません。
相手方に未払いの悪意はなく、不注意で忘れていたり、仕事が忙しくて振り込む時間が取れなかったりして支払いが遅れた、というケースもあります。
直接の連絡が難しい場合や、連絡しても返事がなかったり支払いを拒否されたりした場合には、他の手段を検討します。
(2)家庭裁判所の「履行勧告」「履行命令」の制度を利用する
家庭裁判所の履行勧告・履行命令の制度は、家庭裁判所の調停、審判、判決などで養育費の取り決めがなされた場合のみ利用できます。
養育費に関する公正証書を作成しただけの場合には利用できませんので注意しましょう。
履行勧告は、家庭裁判所により、履行状況(養育費の未払いがあるかどうか)を調査し、相手方に対して取り決め通りに支払うよう履行を勧告し、督促してもらう制度です(家事事件手続法289条)。
履行勧告に強制力はありませんが、相手方は、裁判所から直接督促を受けることになるので、一定の効果が期待できるというメリットがあります。
履行勧告によっても支払われない場合、家庭裁判所が相当と認めると、一定の時期までに支払うよう命令を発してもらうこともできます。これを履行命令といいます(家事事件手続法290条)。
この命令に正当な理由なく従わない場合は、10万円以下の過料に処せられるという制裁があるので、一定の強制力を有します。
しかし、金額は10万円であり、そこまで強制力はないため、あまり履行命令は利用されていないのが実情です。
しかしながら、履行勧告・履行命令は、次に説明する強制執行と異なり、手続き費用もかからず、手続き自体も簡単で、家庭裁判所への口頭での申立ても受け付けてもらえる、というメリットがあります。
履行勧告・履行命令は、あくまで裁判所から相手方に対して、自主的に支払うよう促す制度なので、相手方が自主的に支払う姿勢がない場合には、あまり回収の効果は望めません。
ただし、上記のようなメリットもありますので、強制執行をする前に利用を検討してみるとよい場合もあります。
(3)「強制執行」の手続きをとる
養育費について強制執行力のある書面(債務名義)がある場合には、地方裁判所に対して強制執行の申立てをすることで、相手方の財産から強制的に支払いを確保することができます。
債務名義としては、次のようなものがあります
- 確定判決
- 和解調書
- 調停調書
- 審判調書
- 公正証書(執行認諾文言有) など
離婚の際に公正証書を作成せず、口頭や公正証書以外の書面で養育費の合意をしたにすぎない場合には、すぐに強制執行の手続きをとることはできません。
未払いとなっている相手方であっても、公正証書の作成に応じることはありますので、一度公正証書の作成について話し合うとよいでしょう。
公正証書の作成が難しければ、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に養育費支払いの申立てをして、債務名義となる調停・審判調書を得る必要があります。
通常は、まず調停を申し立てて、話し合いによる合意成立が難しい場合には審判に移行します。
しかしながら、養育費の支払いがなく子どもを育てるのが困難な経済状況に陥っている場合には、初めから審判を申し立て、併せて審判前の保全処分の利用を検討するとよいでしょう。審判前の保全処分手続きでは、迅速に案件を検討し、仮差押えや仮払仮処分が認められることで早期の回収が見込まれますが、認められるための要件が厳格である点には注意が必要です。
実際に強制執行を行うと、どれくらいの額を回収できるのでしょうか。
強制執行の対象は相手方の財産ですが、預金や給与となる場合が多いと思われます。
相手方の生活もありますので、給与で差し押さえられるのは、基本的に税金等を控除した残額の2分の1までです(民事執行法151条の2第1項3号、152条第3項)。
参考:差押可能な給料の範囲|裁判所 – Courts in Japan
また、養育費の未払いを原因とする給与等の差し押さえは、一度手続きを行えば、将来分も継続的に差し押さえることができます(民事執行法151条の2第1項3号)。
参考:将来発生する養育費の差押えについて|裁判所 – Courts in Japan
(4)弁護士に相談する
直接相手方に連絡したくない場合には、弁護士に代わりに手紙を書いて督促してもらったり、代わりに弁護士から電話して支払うよう督促してもらったりこともできます。
また、養育費の未払いに対してどのような対処法が適切なのかは、慎重な判断が必要なケースがあります。
例えば、債務名義があり、相手方の職場が分かっている場合には、給与債権を差し押さえることが最も効果的かつ確実な回収方法ですが、相手方が差し押さえを嫌がって仕事を辞めてしまうと、差し押さえる対象の給与自体がなくなってしまいます。
弁護士であれば、事案の内容を踏まえて、突然強制執行の手続きをする前に、交渉によって自主的な支払いを求めたり、裁判所による履行勧告の手続きを利用したりした方がいいかについて、的確にアドバイスすることができるでしょう。
また、強制執行する場合は、まず、相手方の財産を特定する必要があります。
例えば、預金口座であれば、基本的に銀行名と支店名まで必要です。本人が分からない場合でも、弁護士に依頼すれば、弁護士が職権により調査することで、支店名を特定できることがあります。
養育費の取り決めは公正証書に残すことが大切
養育費の取り決めは、口約束や離婚協議書で行うこともできますが、未払いとなったときに、口約束や離婚協議書に基づいて強制的に支払わせることはできません。
「支払いを滞納した場合は強制執行されてもかまわない」旨の執行認諾文言のある公正証書を作成すると、未払いとなったとき、訴訟を提起せずに強制執行をして、相手方から強制的に養育費を回収することができます。
養育費の取り決めをしても、支払いが途絶える可能性があることを考慮すれば、強制執行が可能な公正証書を作成しておくことが大切です。
養育費にまつわる相談事例
養育費について、よくあるご相談内容を紹介します。
(1)未払いの期間が長いので過去の分もまとめて請求したい
養育費を請求することのできる権利は、一定期間放っておくと、請求できなくなってしまいます。このような法律上のきまりを、消滅時効といいます。
養育費の取り決めの方法によって、消滅時効にかかる期間が異なります。
- 離婚協議書や公正証書で合意した場合 支払期日から5年(民法166条1項1号)
- 判決、調停・審判調書による場合 支払期日から10年(民法169条1項)
消滅時効期間を過ぎてしまっても、請求すること自体は不可能ではありません。
相手方が自主的に支払うと約束したり、実際に支払ったりすれば(債務承認があれば)、養育費を請求し受領することができます。
しかし、相手方から「消滅時効にかかっているから払わない、時効を援用する」と反論されてしまうと、それ以上請求することはできません。
養育費の取り決めをしていない場合には、定期金債権として、基本的に離婚日から10年の消滅時効にかかると考えられます(民法168条1項1号)。
しかしながら、養育費の取り決めをしていない場合は、実務上、過去の養育費について遡って請求することが認められないことが多いので、注意が必要です。
消滅時効の成立が間もない場合には、成立時期をいったん引き延ばして、訴訟提起をするなどの対応方法もありますので、速やかに弁護士に相談するようにしましょう。
(2)一度決めた養育費を増額したい
当事者同士で話し合って、養育費を変更することは可能です。
相手方に増額が必要な理由などを告げて、増額希望であることを伝えて話し合うとよいでしょう。子どもが私立大学に進学を希望しているなどの理由であれば、子どもが直接親と話すというのも一つの話し合いの方法です。
一度話し合って決めた養育費も、話し合った当時に予測できない事情の変更があった場合には、家庭裁判所に対して、養育費の減額や増額の変更を求める調停を申し立てることができます。
話し合いが決裂した場合には、調停を申し立てて、裁判所の仲介の下での話し合いの解決を目指します。調停でも合意できないと審判に移行し、裁判所が増額を認めるかどうかを判断します。
審判においては、事情の変更の有無、両親の学歴、経済的余力など様々な事情を考慮して、最終的に増額が妥当かどうかを判断します。
民事執行法改正で養育費は請求しやすくなった
離婚後養育費を受け取っている世帯の割合が低いことについては、シングルマザーの貧困の原因になるなど社会的な問題となっていました。
以前は、強制執行するためには、未払いで苦しむ側が相手方の財産を調べて特定する必要があり、特定できない場合には強制執行することができないという事態が生じていました。
例えば、相手方が勤務先を変えたり、銀行口座を変更したりすると、調査をしても勤務先や銀行口座(銀行名及び支店名)を特定できないケースもあり、泣き寝入りを余儀なくされていたのです。
しかし、2020年4月1日に施行された民事執行法改正により、調査によっても相手方の財産を特定できない場合には、裁判所の「第三者からの情報取得手続」という制度を利用することで、相手方の勤務先や、銀行口座について把握することができるようになったのです。
具体的には、勤務先が不明な場合は、裁判所は、市区町村、日本年金機構や国家公務員共済組合などの厚生年金保険の実施機関に問い合わせて,相手方の勤務先の情報を取得することが可能です。
この改正民事執行法により、法制度上、以前より養育費の回収がしやすくなりましたので、養育費受給世帯の増加につながることが期待されています。
【まとめ】養育費に関するトラブルは弁護士に相談を
養育費は、実際に子どもを監護する親が、監護していない親に請求できるものですが、子どもからすれば、親に対して子が請求することのできる権利です。
養育費の支払いが滞り、未払いが発生した場合には、子どものためにしっかりと督促して回収できるようにしましょう。
自分での対応が難しい場合には、弁護士に対応を依頼することもできます。弁護士は、複数ある請求手段の中から適切な手段を選択して対応することができます。
養育費の未払いのトラブルでお悩みの方は、お気軽に弁護士にご相談ください。