「固定残業代とは何だろう?」
固定残業代とは、あらかじめ一定の残業代を給料に含んでおくものです。
固定残業代の支払として有効と認められるためには、一定の条件を満たさなければなりません。
しかし、この必要な条件を満たしておらず、固定残業代の支払として無効となる場合も少なくありません。
このことを知っていれば、無効な方法で固定残業代の支払を受けている場合に、未払い残業代の請求ができる可能性があります。
この記事では、次のことについて弁護士が解説します。
- 固定残業代とは何か
- 固定残業代の支払とは認められない場合
- 支払われていない残業代の請求方法
中央大学卒、アディーレ入所後は残業代未払いの案件をメインに担当し、2018年より労働部門の統括者。「労働問題でお悩みの方々に有益な解決方法を提案し実現すること」こそアディーレ労働部門の存在意義であるとの信念のもと、日々ご依頼者様のため奮闘している。東京弁護士会所属。
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固定残業代とは?
「固定残業代」とは、残業の有無にかかわらず、一定時間の残業をしたとみなして、あらかじめ定額の残業代を給料に組み込んでおく手当のことをいいます(みなし残業代制)。
企業にとっては、細かい残業代の計算を省略することができるというメリットがあります。
固定残業代の想定する残業時間と実際の残業時間が一致しない場合
固定残業代において想定されていた残業時間を超えて残業をした場合には、企業は超えた分の残業時間に対し、別途残業代の支払いが必要です。
これに対して、想定されていた残業時間を超えなかった場合でも、企業は固定残業代全額を支払わなければなりません。
ここで、一口に残業代といっても、次の2種類があります。
1.労働基準法上の割増賃金
労働基準法上の割増賃金とは、次の労働をした場合の割増賃金のことです。
- 時間外労働(原則1日8時間以上、週40時間以上の労働)
- 深夜労働(22~5時の労働)
- 休日労働(原則週1回の法定休日の労働)
2.法内残業に対する賃金
定時は超えているものの、労働基準法上、割増賃金の支払い義務の対象とはならない労働に対する賃金のことをいいます。
(原則1日8時間未満、週40時間未満の労働、法定休日・深夜労働以外の労働の場合)
※2の場合に、就業規則等で会社所定の割増率が定められている場合はその率に従います。割増率が定められていない場合は、定時と同じ賃金を基にして計算します。
会社は、固定残業代だけでは、1+2の残業代を賄いきれない場合は、不足する1+2の残業代を支払わなければならないのです。
例えば、みなし残業が40時間で、実際の残業時間が40時間を上回っていれば、企業は、追加で上回った分の残業代を支払う必要があります。
他方で、みなし残業が40時間で、実際の残業時間が40時間を下回っていたとしても、企業は固定残業代を全額支払わなければなりません。
実は固定残業代の支払とは認められない場合が多くある
会社が固定残業代を支払ったと主張していても、実は裁判例上、固定残業代の支払とは認められないケースが多くあります。
固定残業代の支払とは認められない場合、次のとおり、労働者には多くの未払い残業代が発生しやすくなります。
残業代は、次の式で計算できます。
この基礎賃金は、定時の労働時間に対する給料から、通勤手当・賞与など、一定の要件を満たす金員を除いて算出されますが、固定残業代も控除すべき金員にあたります。
そして、残業代のうち、未払いの残業代は、
未払い残業代=A-すでに払われた固定残業代-その他払われた残業代
で算出されます。
固定残業代の支払いとして認められないとなると、基礎賃金から固定残業代相当額を控除せずに済みます(固定残業代を控除する場合よりも、基礎賃金が増えます)。
さらに、未払い残業代から固定残業代相当額を控除せずに済むため、労働者には、多くの未払い残業代が発生しやすくなるのです。
では、固定残業代として認められるのか否か見極めるポイントについて解説いたします。
固定残業代として認められるのか見極めるポイント4つ
(1-1) 固定残業代の性格を持つことが明示されているか
会社は固定残業代であると主張していても、労働者からみると、「え?これ本当に固定残業代?」と疑問に感じざるを得ないものは多くあります。
例えば、「店長手当」「業務手当」などです。これらは名目のみでは、固定残業代であるとは、わかりません。また、基本給の中に固定残業代が含まれているタイプも、基本給という名目のみでは固定残業代が含まれているか分かりません。
何が固定残業代であるのかが明示されていないと、労働者は、労働基準法上の割増賃金を追加でもらう権利があるのかどうか判断することができません。
このため、裁判例上は、労働協約や就業規則、雇用契約書、採用条件確認証、賃金規程などを考慮して、「固定残業代が時間外労働(残業)に対する割増賃金として支払われていること」が、明示されていなければ、固定残業代とは認めない傾向にあります。
参考:日本ケミカル事件 最高裁第一小法廷判決平成30年7月19日|裁判所 – Courts in Japan
(1-2)固定残業代はいくらか、はっきり分かるか
例えば営業手当が、「固定残業代」と、「営業成績に対するインセンティブ」の双方の性格を持つことがあります。
また、基本給や歩合給の中に固定残業代が含まれている場合、通常の労働に対する賃金と、労働基準法上の割増賃金とが混在していることになります。
この場合、営業手当や基本給・歩合給の内いくらが、労働基準法上の割増賃金にあたるのか明確に分からないと、労働者としては、労働基準法上の割増賃金を追加でもらう権利があるのかどうか判断することができません。
このため裁判例上、会社が固定残業代と主張する賃金のうち、次のいずれかを満たさなければ、固定残業代とは認められない傾向にあります。
- いくらが労働基準法上の割増賃金にあたるかが明示されていること
- いくらが労働基準法上の割増賃金にあたるか容易に判別可能であること
参考:国際自動車事件 最高裁第三小法廷判決平成29年2月28日|裁判所 – Courts in Japan
参考:医療法人康心会事件 最高裁第二小法廷判決平成29年7月7日|裁判所 – Courts in Japan
(1-3)固定残業代が複数の種類の残業に対する対価である場合、内訳の明示はあるか
労働基準法上、残業の種類によって割増率は次のように異なります。
残業の種類 | 割増賃金が発生する条件(※1) | 最低限度の割増率 | |
---|---|---|---|
時間外労働 | 1日8時間・週40時間のいずれかを超えて労働。 (法定休日の労働時間は含まず)(※2) |
時間外労働が月60時間までの部分 | 25% |
時間外労働が月60時間を超えた部分 | 50% (※3) |
||
深夜労働 | 22時~5時の間の労働 | 25% | |
休日労働 | 22時~5時の間の労働 | 25% | |
深夜労働 | 法定休日の労働 | 35% | |
重複する部分 | 時間外労働が0時間を超えて月60時間までの部分と、深夜労働が重複する部分 | 50% | |
時間外労働が月60時間を超えた部分と、深夜労働が重複する部分 | 75%倍 (※4) |
||
法定休日に深夜労働した部分 | 60% |
※1 残業時間として認められるためには、「会社の指示によって労働させられた」ことが必要です。
また、残業代を計算する上で、休憩や有給休暇は労働時間からのぞきます。
※2 時間外労働の例外
常時10人未満の労働者を使用する商業、映画・演劇業(映画の製作は除く)、保険衛生業、接客業については、週44時間を超えた労働。
※3 次に該当する企業(中小企業、以下同じ)は、2023年3月末までは、最低の割増率は25%となります。
- 小売業:資本金5000万円以下または常時使用する労働者が50人以下
- サービス業:資本金5000万円以下または常時使用する労働者が100人以下
- 卸売業:資本金1億円以下または常時使用する労働者が100人以下
- その他:資本金3億円以下または常時使用する労働者が300人以下
※4 中小企業では2023年3月末までは、最低の割増率は50%となります。
このように割増率が異なる複数の割増賃金を、固定残業代で支払っている場合、固定残業代の内いくらがどの割増賃金に対する支払なのか明示されないと、労働者は、追加でいくらの割増賃金が支払われる権利を有しているのか判断することができません。
例えば、
「基本給には、固定割増賃金として、40時間分の法定時間外労働・休日労働・深夜労働分の対価を含む。」
との賃金規程の場合、割増率の異なる割増賃金に対し、固定残業代が支払われるとの規程に当たります。
しかし、固定残業代の内、いくらが時間外手当で、いくらが深夜手当、休日手当に当たるのか判別することができません。
このような場合、内訳が不明として、固定残業代としては認められない可能性があります。
(1-4)固定残業代が最低賃金を下回っていないか
1時間あたりの固定残業代が最低賃金を下回るような金額になっている場合があります。
このように、固定残業代が最低賃金を下回る場合、固定残業代は無効であるとする裁判例(津地方裁判所四日市支部判決平成25年4月17日)があります。
例えば、東京で勤務、基本給が月12万円、精勤手当が月5万円、所定労働時間月170時間の場合で考えてみましょう。この場合、精勤手当を固定残業代として有効と考えると、1時間当たりの基礎時給は、12万÷170時間=706円(1円未満切り上げ)です。
この場合、東京の最低賃金(2023年10月1日時点:1113円)を下回ってしまうので、先程の裁判例によりますと、精勤手当は固定残業代としては無効となります。なお、最低賃金がいくらかについては、厚生労働省「必ずチェック最低賃金 使用者も、労働者も|最低賃金制度」をご覧ください。
支払われていない残業代は請求できるのか?
固定残業代とは別に、超過分の残業代をもらうことができますが、企業によっては、超過分の支払を拒んでいるケースがあります。
また、そもそも固定残業代の支払いとしては無効となる場合は、残業した分について未払いの残業代が発生している可能性があります。
このように、適切な残業代が支払われていない場合は未払いの残業代を請求できます。
未払い残業代請求について、詳しくは次のページもご覧ください。
(1)時効に要注意
残業代は、請求しないまま一定期間が経過すると、会社側が時効を主張することで、残業代を請求する権利を失ってしまいます。
法改正の影響で、残業代の時効には、次のとおりとされます(2022年8月時点)。
- 2020年3月31日までに支払日が到来する残業代→時効は2年
- 2020年4月1日以降に支払日が到来する残業代→時効は3年
時効の起算日は、本来、各残業代が支払われるべきであった日の翌日です。
例えば2020年4月20日に支払日が到来した残業代については、その支払日の翌日から3年経過すると、会社側が時効を主張することで、これを請求する権利が消滅することになります。
このように残業代には時効がありますので、月給制の場合は、古い残業代から順番に、毎月、時効が成立していきます。2020年4月20日に支払日が到来した残業代も2023年4月には時効が完成します。
そのため、残業代を請求したいと思ったら、早めに請求することが大切です。
(2)残業代の請求のために必要な証拠
未払いの残業代を請求するには一般的には、次のような証拠が必要となります。
- 雇用されたときの書類(雇用契約書など)
- 就業規則、賃金規程のコピー
- 給与明細
- 労働時間が分かる資料(タイムカード、タコグラフ(トラック運転手などの方)、日報、web打刻ソフトのスクリーンショット、出勤簿など)
- 残業時間中の労働内容を立証する資料(業務日報など)
労働基準法第109条により、使用者は、雇入れ、賃金などに関する重要な書類を5年間保存しなければなりません。
そのため、必要な証拠を自分で用意できない場合は、企業が保存している証拠の開示を請求したり、弁護士が裁判外や裁判上で請求したりすることになります。
残業代請求で集めるべき証拠については、次のページもご覧ください。
(3)残業代を請求する方法
残業代を請求するためには、まずは会社に対して内容証明郵便を送ります。
これは時効が一時的に(6ヶ月間)完成しないようにするために行います(民法150条)。
なお、現時点(2022年8月現在)において、2020年4月1日以降に支払日が到来した残業代は時効完成まで時間的に余裕があり、内容証明郵便の送付によって時効を一時的に完成しないようにする必要はありませんが、2023年3月からはそのような対応が必要となってきます。
その後、交渉や裁判所の手続き(労働審判、訴訟)などで未払いの残業代を請求することになります。
労働基準監督署に、未払い残業代があることを報告することも可能です。
【まとめ】固定残業代とはあらかじめ一定の残業代を給料に含んでおくもの
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 「固定残業代」とは、残業の有無にかかわらず、一定時間の残業をしたとみなして、あらかじめ定額の残業代を給料に組み込んでおく手当のこと。
- 固定残業代において想定されていた残業時間を超えて残業をした場合には、企業は超えた分の残業時間に対し、別途残業代の支払いが必要。
これに対して、想定されていた残業時間を超えなかった場合でも、企業は固定残業代全額を支払わなければならない。 - 固定残業代の支払として認められない場合、多くの未払い残業代が発生する可能性がある。
- 固定残業代として認められるためのポイントとして、固定残業代の性格を持つことが明示されていること、固定残業代はいくらかはっきり分かることなどがある。
- 未払い残業代は請求できる。
請求方法は、「会社に対して内容証明郵便を送る→交渉や裁判手続き」という順番。
固定残業代は、分かりにくい制度ですよね。
実際のところ、企業側が適切に固定残業代の制度を運用していないことも多くあります。
このような場合、固定残業代の支払が無効であるとして、未払い残業代請求ができる可能性もあります。
固定残業代の支払が無効かどうかの判断は、難しいものです。
少しでも疑問に思ったら、労働問題を扱う弁護士に相談するようにしましょう。
アディーレ法律事務所は、残業代請求に関し、相談料、着手金ともにいただかず、原則として成果があった場合のみを報酬をいただくという成功報酬制です。
そして、原則として、この報酬は獲得した残業代からお支払いとなり、あらかじめ弁護士費用をご用意いただく必要はありません。
また、当該事件につき、原則として、成果を超える弁護士費用の負担はないため費用倒れの心配がありません。
※以上につき、2022年10月時点
残業代請求でお悩みの方は、残業代請求を得意とするアディーレ法律事務所へご相談ください。