「訴訟よりも手軽だって聞いたけど、労働審判ってそもそも何だろう?」
労働関係の紛争にお悩みの方は、解決方法を調べている際にこのような疑問を持つことがあります。
労働審判とは、労働者と会社(事業主)の間で起きた労働関係の紛争について、迅速かつ適切に解決するための裁判所での手続きです。
労働関係の紛争解決のためには、通常の訴訟を利用することもできます。
しかし、労働審判は期日が原則3回までと決まっているため早く解決する可能性があったり、費用が安めだったりといったメリットがあります。
その一方、3回の期日では済まないような複雑な紛争などでは、労働審判の利用が難しいケースもあります。
この記事を読んでわかること
- 労働審判とは何か
- 労働問題を利用できる場合
- 労働審判の流れ
中央大学卒、アディーレ入所後は残業代未払いの案件をメインに担当し、2018年より労働部門の統括者。「労働問題でお悩みの方々に有益な解決方法を提案し実現すること」こそアディーレ労働部門の存在意義であるとの信念のもと、日々ご依頼者様のため奮闘している。東京弁護士会所属。
労働審判の基礎知識
それでは、労働審判がどのような手続きなのかについてご説明します。
(1)労働審判とは?
労働審判とは、労働者と事業主の間で起こった労働関係の紛争について、迅速・適正な解決を図るための裁判所での手続きです(労働審判法1条)。
労働問題について裁判所で解決を目指す場合、労働審判だけでなく通常の訴訟(裁判)という方法もあります。
通常の訴訟と労働審判の主な違いは、次の表のとおりです。
通常の訴訟(裁判) | 労働審判 | |
---|---|---|
期日の回数 | 制限なし (※裁判所は迅速に手続きが進むよう努める。民事訴訟法2条) →解決までに1年以上かかるケースも | 原則3回まで (労働審判法15条2項) →通常の訴訟よりも、早く解決する可能性あり (※複雑な問題には不向き) |
審理を行う人 | 裁判官 | 裁判官(労働審判官)1名と、民間から選任される労働審判員2名からなる「労働審判委員会」 (労働審判法7~9条) →通常の訴訟よりも、労働問題の実態に即した解決につながる可能性あり |
まず、労働審判は、裁判所での期日が原則3回までに制限されています。一方、通常の訴訟の場合、期日の回数には制限がありません。
そのため、労働審判の方が早く紛争が解決する可能性があります(労働審判が成立しなかった場合には、通常の訴訟に移行することとなります。また、労働審判には回数制限があるので、複雑な問題には不向きです)。
また、通常の訴訟の場合、審理を行うのは裁判官のみです。
一方、労働審判の場合、審理を行うのは裁判官(労働審判官と呼ばれます)だけではなく、労働審判員もいます。
労働審判員は、労働関係の専門的な知識や経験を持つ人が民間から選出されます。そのため、通常の訴訟よりも、労働問題の実態や慣行に即した解決につながることが期待されています。
参考:労働審判手続|裁判所 – Courts in Japan
(2)どんな労働問題で、労働審判を利用できる?
労働問題でさえあれば、必ず労働審判を利用できるとは限りません。
労働審判を利用することができるのは、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争に限定されています(労働審判法1条)。
あくまで、「個々の労働者」と「事業主」の間での労働問題が対象ですので、例えば次のようなケースでは、労働審判は利用できません。
<労働審判を利用できないケースの例>
- 上司からパワハラやセクハラなどを受けたため、上司個人に損害賠償請求をするケース
…「個々の労働者」と「上司個人」の間の紛争ですので、労働審判ではなく通常の訴訟や調停などを検討することとなります。
「パワハラやセクハラの横行を放置したこと」について事業主の責任を問いたい場合には、労働審判を利用することは法律上可能ではあります。しかし、事業主の責任を労働審判の3回の期日で明らかにするのは難しい場合も少なくありません。 - 労働組合と事業主の間で紛争になっているケース
…労働組合は「個々の労働者」とは言えないので、通常の訴訟などを検討することとなります。
労働審判が利用されるのは、主に次のようなケースです。
- 解雇や懲戒処分の効力を争うケース
- 未払いになっている賃金や残業代を請求するケース
参考:労働審判のQ&A|裁判所 – Courts in Japan
参考:裁判手続 民事事件Q&A Q個別労働紛争を解決するために利用できる手続には,労働審判手続のほかに,どのようなものがありますか。|裁判所 – Courts in Japan
労働審判の準備と手続きの流れ
労働審判の手続きは、通常次のような流れで進みます。
それでは、労働審判の準備や手続きの流れをご説明します。
(1)労働問題の証拠集め
まずは、労働問題についての証拠を収集しましょう。
労働審判が利用されることの多い「未払い賃金の請求」「不当解雇」について、集めておきたい証拠をご紹介します。
未払い賃金の請求の場合、例えば次のような証拠を集めます。
- 雇用契約書
- 就業規則
- タイムカードなど、勤務時間が分かるもの
- 給与明細書 など
未払い賃金の請求をする際の証拠について詳しくはこちらの記事をご覧ください。
解雇が不当であると主張したい場合、例えば次のような証拠を集めます。
- 雇用契約書
- 就業規則
- 解雇通知書
- 解雇理由証明書 など
不当解雇やその対処法について詳しくはこちらの記事をご覧ください。
(2)裁判所への労働審判の申立て
次に、労働審判申立書を作成し、裁判所に労働審判の申立てをします。
労働審判申立書には、主に次のようなことを書く必要があります(労働審判法5条3項各号)。
- 当事者及び法定代理人
- 申立ての趣旨
- 申立ての理由(労働者が申立てをする法的根拠。例えば不当解雇の場合、解雇の事実や不当であることの理由などです。)
参考:東京地方裁判所 労働審判手続|裁判所 – Courts in Japan
また、労働審判について当事者間で争点となりそうなことについて証拠書類がある場合には、写しを添付する必要があります(労働審判規則9条3項)。
申立てをする裁判所は、基本的には次の3つのうちどれかです(労働審判法2条1項各号)。
- 相手方の住所や居所、営業所などを管轄している地方裁判所
- 現在の就業場所か、最後に就業した場所を管轄している地方裁判所
- 当事者間の合意で決めた地方裁判所
(3)裁判所からの呼出状
労働審判官は、申立ての日から原則40日以内の日に第一回の労働審判手続期日を指定し(労働審判規則13条)、労働者と事業主の両方に期日への呼出状を送ります。
労働審判を起こされた事業主は、労働審判官が定めた期限までに事業主側の主張をまとめた答弁書を提出します(労働審判規則15条2項)。
(4)労働審判手続期日に参加
第一回労働審判手続期日では、労働審判委員会が労働者側と事業者側の主張を聞き、争点を確認します。証拠調べも、可能な範囲で行われます。
労働審判委員会が当事者の話を聞くときには、もう一方の当事者を一旦退席させ、片方ずつから聞くことがあります。
また、第一回の期日で労働審判が終わるケースも少なくありません。一方、複雑な事件や、当事者間で話し合いがまとまらないケースだと、第二回以降の期日が指定されることもあります。
(5)調停・審判
当事者間で歩み寄りや合意ができた場合には、調停が成立し、労働審判の手続きが終わります(労働審判規則22条)。
当事者間で歩み寄りがなかなかできない場合には、早期解決を促すため、労働審判委員会が「調停にできない場合、このような内容の審判を出すことになります」という心証を開示して、不利な立場の当事者に譲歩を促すこともあります。
調停が成立しなかった場合、労働審判委員会が、これまでの期日で明らかになった当事者の権利関係や手続きの経過などをもとに、「審判」を出します。
当事者のいずれも、審判の告知を受けた日から2週間以内に異議申立てをしなかった場合には、審判が訴訟上の和解が成立したのと同じ効力を持つとされます(労働審判法21条4項)。
調停が成立した場合に作成される調停調書、審判が出され2週間以内に異議申立てがなされなかった場合に作成される審判書のいずれも、通常の訴訟についての確定判決と同様に「債務名義」となります。
債務名義というのは、権利の範囲や存在について公的に証明する書面のことで、差押えなどの強制執行の申立てをするために必要です。
例えば、残業代を請求する労働審判で「事業主から労働者に対して、解決金として○○円を支払う」という調停が成立したにもかかわらず、事業主が支払わない場合には、調停調書を債務名義として強制執行の申立てができるようになります。
一方、審判について当事者から異議申立てがあった場合には審判は取り消され、事件は通常の訴訟に移行することとなります。
なお、労働審判委員会は、事案の性質に照らし、労働審判手続では紛争の迅速かつ適正な解決ができないとしたときには、例外的に審判を出すことなく手続きを終了させることがあります(労働審判法24条1項)。
この場合も、事件は通常の訴訟に移行することになります。
労働審判について押さえておきたい2つのポイント
それでは、労働審判のポイントについてご説明します。
(1)労働審判と「あっせん」の違いとは?
労働問題を解決するための方法は、裁判所での労働審判や訴訟に限られません。裁判所以外で行う解決方法のうちの1つに、「紛争調整委員会」が行っている「あっせん」というものがあります。
紛争調整委員会とは、労働問題の専門家からなる組織で、都道府県労働局ごとに設置されています。
「あっせん」では、紛争調整委員会の中から指名された「あっせん委員」が、当事者双方の主張を確かめたうえ、和解案を提示するなどして話し合いを促します。話し合いがまとまれば、合意書(東京労働局での名称)を作成します。
「あっせん」も労働審判も、個々の労働者と事業主の間の労働問題について、当事者の主張を確認したり話し合いを促す点では共通していますが、次のような違いもあります。
あっせん | 労働審判 | |
---|---|---|
費用 | 無料 | 申立手数料がかかる |
期日の回数 | 原則1回 →労働審判よりも早く終わる可能性がある | 原則3回まで |
相手方が参加を拒めるか | 拒める 拒まれた場合、手続きは打ち切り | 原則参加 (不出頭の場合、5万円以下の過料。また、出頭しないと不利な審判が出るおそれがある) |
話し合いがまとまらなかった場合 | 手続きは打ち切り →労働審判や訴訟など、別の方法を検討することとなる | 審判が出る |
相手が調停・審判・合意書などに従わない場合 | 強制執行のためには、別途労働審判や訴訟を提起する必要がある | 調停や審判に基づき、強制執行の申立てができる |
「あっせん」の方が労働審判よりも手軽に利用できる反面、労働審判より解決のための力が弱めだと言えます。
参考:個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)|厚生労働省
(2)労働審判は自力でできる?
労働審判の手続きは、自力で進めることもできます。
特に、退職した会社に対して労働審判を申立てたいものの、新しい就職先が見つかっておらず家計が不安な場合などには、「弁護士費用がかかると困る…」と感じるのは当然です。しかし、弁護士に労働問題について相談や依頼をすることには次のようなメリットがあります。
- 労働審判以外の方法も提案してもらえる場合がある
…例えば複雑な事件の場合、労働審判には適していない可能性があります。また、先ほどの「あっせん」のように、労働審判以外の方法もあるので、相談者の事情を基に一番いいと考えられる方法を示してもらえる場合があります。
- 早期解決につながる可能性がある
…労働審判は原則3回以内の期日で解決を図る必要があります。労働問題を得意とする弁護士が代理人となっていれば、争点の整理などを迅速に進め、労働審判を無事終えられる可能性が上がります。
- 相手方との交渉や手続きを任せられる。
…仕事や就職活動などと並行して、相手方との交渉や労働審判の申立てをすることは、決して簡単ではありません。しかし、弁護士に依頼すれば、相手方との交渉や裁判所に提出する書類の作成は基本的に弁護士が行いますので、ストレス軽減につながる可能性があります(ただし、労働審判の期日には、たとえ弁護士に依頼していても、本人の同席が基本的に必要です)。
初回相談が無料という法律事務所は少なくありません。
また、「相談したら、その弁護士に必ず依頼しなければならない」というわけではないので、まずは相談だけでもしてみることをおすすめします。
残業代請求を弁護士に依頼するメリットや費用相場について詳しくはこちらの記事をご覧ください。
【まとめ】労働審判とは、一定の労働問題を解決するための手続きで、訴訟(裁判)より早く解決できる可能性がある
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 労働審判とは、労働者と事業主の間で起こった労働関係の紛争について、迅速・適正な解決を図るための裁判所での手続き
- 労働審判の期日は原則3回までなので、期日の回数制限のない通常の訴訟よりも早く解決する可能性がある
- 労働審判で話し合いがまとまらないと「審判」が出るが、当事者が異議申立てをすると通常の訴訟に移行する。
- 裁判所以外で行う解決方法のうちの1つに、紛争調整委員会での「あっせん」がある
- 「あっせん」は費用が無料であるなど労働審判より手軽に利用できるようになっている反面、相手方が「あっせん」に参加しないでいると打ち切りになるなど、解決のための力が労働審判より弱めである
労働審判は通常の訴訟よりも早く解決につながる可能性がある手続きですが、審判に異議申立てがあると結局訴訟に移行するなどの注意点もあります。
ご自身が抱えている労働問題を解決するための一番いい方法は、労働審判ではないかもしれません。
まずは、 一番いい解決方法を知るためにも、労働問題を扱っている弁護士に相談してみることをおすすめします。