一般に妊娠はおめでたいことですが、出産は女性にとっては命がけの行為でもあり、手放しで喜べない心配事も多いものです。
その上、先が見えず生活が安定しない状態での妊娠であれば、強い不安が伴うものです。
もし、離婚の直後に妊娠が発覚してしまったら。
戸籍・親権・養育費、心配なことがいろいろ出てきます。
ここでは離婚後に妊娠が発覚した場合の問題点に焦点を当て解説をします。
先の見えない不安を解消する助けになると幸いです。
慶應義塾大学卒。大手住宅設備機器メーカーの営業部門や法務部での勤務を経て司法試験合格。アディーレ法律事務所へ入所以来、不倫慰謝料事件、離婚事件を一貫して担当。ご相談者・ご依頼者に可能な限りわかりやすい説明を心掛けており、「身近な」法律事務所を実現すべく職務にまい進している。東京弁護士会所属。
「離婚後300日以内」に生まれる子どもは、前夫の戸籍に入る
離婚後に妊娠が分かった場合、まず考えなければならないのは子どもの戸籍のことです。
生まれた子供の父親が誰であるのか、産んだ母親から見ればハッキリ分かることが多いものですが、法律上どう取り扱いされるかは別の話です。
明らかに離婚した夫の子どもではないことが母親に分かったとしても、それは外からは分からないことですので、法律上は『嫡出推定』の規定により一律に扱われることになっています。
『嫡出推定』の制度とは、義務教育を負う法的な父子関係を明確にするための制度で、妻が婚姻中に懐胎した子を、法律上、夫の子と推定するものです。
子どもが生まれると、親は出生から14日以内に出生届を提出しなければなりません(戸籍法第49条1項、同第52条)。
「婚姻成立から200日経過後」と「離婚後300日以内」に生まれた子どもは、法律上(戸籍上)、一律に婚姻中の夫婦の子どもとして扱われます。
ですので、離婚後300日以内に生まれた子は、前夫の戸籍に入ることになります(民法第772条2項)。
(1)いわゆる「離婚後300日問題」とは?
民法第772条2項の定めによって、次の問題が生じることがあります。
これはいわゆる『離婚後300日問題』と呼ばれています。
- 子どもの父親が前夫でない場合(子どもと前夫に血縁関係がない場合)に、血縁上の父親が法律上の「父」と認められなくなってしまう。
- 前夫に子どもの出生を知られたくない場合も、非嫡出子(婚外子)にできずに前夫に知られざるを得なくなる。
子どもを前夫の戸籍に入れることを避けるために、子どもが生まれても出生届を提出せず、子どもは無戸籍になってしまう。
(2)離婚した女性に適用される100日間の「再婚禁止期間」とは?
嫡出推定制度で複数の人間に「父」の推定が及ばないように、女性には、離婚後100日間の「再婚禁止期間」が設けられています(民法第733条1項)。
これは仮に、女性が離婚直後に再婚し、再婚から250日目に出産した場合、現夫との関係では「婚姻成立から200日経過後」として嫡出推定が及び、前夫との関係でも「離婚後300日以内」として嫡出推定が及んでしまうため、前夫と現夫との複数の人間に「父」の推定が及んでしまうのです。
これを避けるために女性は離婚後100日間の再婚禁止期間を設けているわけです。
【再婚禁止期間が100日である場合】

【再婚禁止期間を設けない場合の嫡出推定】

ただ、女性は離婚後100日間は絶対に再婚ができないわけではありません。
この再婚禁止期間には、例外が設けられています。
つまり、
- 離婚時点で妊娠していなかった事実
- 離婚後に妊娠した事実
このいずれかの事実が医師の証明書によって確認できる場合は、再婚禁止期間の適用外として再婚できます。
また、前夫との離婚後300日の出産であっても、現夫を法律上の「父」として出生届を提出できるのです。
「離婚後300日以内」に生まれる子どもについて、親権や養育費はどうなる?
次は親権や養育費についての問題について見てみましょう。
離婚後300日以内に生まれる子どもの親権や養育費について説明します。
(1)子どもの親権は、母親が持つ
親権者には、未成年の子どもを養育する権利と義務があります(民法第818条)。
では、離婚後300日以内に生まれ、前夫の子であると推定を受ける子ともの親権については誰が持つのでしょう。
離婚後に出産した子どもの親権は、母親が持つことになります(民法第819条3項)。
ですが、出産後に、父母が協議して親権者を父と定めることも可能です(民法第819条3項)。
なお、婚姻当時に母親が前夫が筆頭者である戸籍に入っていた場合は、離婚により母親が新戸籍をつくって元の戸籍を離れたとしても、嫡出推定を受ける子ともは元夫が筆頭者である元の戸籍に入ることになります。
すると、離婚し姓を旧姓に戻した母親と子どもの姓が異なることになります。
この場合には、「子の氏の変更についての許可の審判」(民法第791条1項)の手続き後に母親の戸籍への入籍届を提出することで、子どもの戸籍を母親と一致させることが可能です。
(2)戸籍上の「父」である前夫には、子どもの養育義務がある
「離婚後に妊娠に気が付いた場合、生まれてくる子供の養育費を元夫からもらうことはできないのでは?」と不安を感じる方もいらっしゃるでしょう。
では養育費の問題について見てみましょう。
法的な親子関係がある限り父には子どもの養育義務があります。
この『養育義務』とは、自分と同程度の生活水準で未成年の子どもを養育する「生活保持義務」のこと(民法第820条)です。
この養育義務を果たすため、監護権(子どもと一緒に暮らし、子どもを監護し教育する権利義務のこと)を持たない親は『養育費』として「子どもの監護や教育のために必要な費用」を、監護権を持つ親に支払う必要があります。
つまり、母が離婚後300日以内に出産した場合、戸籍上の父親は「監護権を持たない親」として、養育費を支払う義務を負うことになります。
(3)前夫に養育費を払ってもらう方法
離婚後300日以内に出産した場合、戸籍上の父親に対して養育費を請求することができるわけですが、ではどのような方法により養育費を払ってもらえば良いでしょうか。
ここでは、前夫に養育費を支払ってもらう手順を説明します。
- まずは前夫に直接養育費の支払いを求めます。
応じてもらえない場合等は、家庭裁判所に「養育費請求調停」を申立てるという手段があります。
この養育費調停では、裁判所が「養育費算定表」をもとに、客観的な視点から、前夫が支払うべき養育費の金額を定めてくれます。
「養育費の算定表」とは家庭裁判所が公表している養育費の相場をまとめた表で、協議離婚、調停離婚、裁判離婚する場合にもよく用いられているものです。
- 調停で前夫が応じず合意できないときには、自動的に「審判」に移行して裁判所から前夫に支払い命令が下されることになります。
養育費の基準について詳しくはこちらの記事もご確認ください。
前夫を「離婚後300日以内」に生まれる子どもの「父」にしたくない場合は?
婚姻当時に母親が前夫が筆頭者である戸籍に入っていた場合は、離婚により母親が新戸籍をつくって元の戸籍を離れたとしても、離婚後300日以内に生まれた嫡出推定を受ける子ともは元夫が筆頭者である元の戸籍に入ることになります。
ところが、事情により子どもを前夫の戸籍に入れたくないと考える場合もあることと思います。
現実に、前夫の子となる嫡出推定を回避するため出生届を出せず、子供が「無戸籍児」となることが社会問題化しています。
しかし、離婚後の出産では、母親には子どもの出生届の提出義務があります(戸籍法第52条1項)。
では、例えば子どもの「父」を現パートナーにしたい場合や、そもそも前夫の戸籍に入れたくない場合にはどのように対処すれば良いでしょうか。
(1)離婚後に妊娠した証明があれば、そもそも前夫の戸籍に入ることはない
次の事実が医師の証明書によって確認できる場合は、その証明書を添付して出生届を出すと良いでしょう。
前夫を父親と推定する根拠がなくなるため、子どもが前夫の嫡出子と扱われることはありません。
- 離婚時点で妊娠していなかった事実
- 離婚後に妊娠した事実
この場合には、子供の出生日が離婚後300日以内であっても、元夫以外を父とする出生届を受理してもらえます。
子供が元夫の戸籍に入ることもありません。
(2)子どもと前夫の戸籍上の親子関係を解消する方法
子どもの「父」を現夫にしたい場合など、子どもと前夫の親子関係を解消したい場合の手続きには、次の2つがあります。
- 嫡出否認調停
嫡出否認調停の申立ては母親側からすることはできず、戸籍上の父親である元夫から申立ててもらう必要があります。
嫡出否認調停で出生した子供が元夫の子供でないことに当事者双方が合意し、家庭裁判所の調査でも合意の正当性が認められた場合には、審判が下され、その子供は元夫の子供でないことが確定します。
なお、元夫が嫡出否認の申立てをすることができる期限は、子供の出生を知ってから1年しかとることができないので、ご注意ください。 - 親子関係不存在確認調停
離婚後300日以内の出生でも、元夫の長期の海外出張、受刑、別居などにより元夫の子供を妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には、元夫の子であるとの推定は受けません。
このような場合には、家庭裁判所に夫又は元夫を相手として親子関係不存在確認調停の申立てをすることができます。
親子関係不存在確認は母親側からも申立てができ、期限もないため、元夫が嫡出否認に協力しない場合でも手続きしやすくなっています。
これらの手続きをする場合には、スムーズに手続きを進めるために弁護士に相談・依頼するのがおすすめです。
(3)現在の居場所や子どもの出生を前夫に知られたくない場合は、どうすればいい?
DVによる離婚で現在の居場所を知られたくない場合や、前夫に婚姻期間中の不貞行為による妊娠がバレることを避けるために出生届を提出しないことがありますが、その結果、子どもが無戸籍になってしまいます。
無戸籍のまま放置した場合、その子供は行政サービスを受けることが困難な状況になります。
健康保険を使って病院に行くこともできず、学校にも行けないことになってしまいます。
無戸籍状態は解消するに越したことはありません。
元夫に子供の出生や居場所を知られたくない場合であっても、必要な手続きができるような措置が設けられています。
法務局や弁護士会でも無戸籍の相談を受け付けていますので、出生届が出せない場合には相談窓口を利用してみてください。
参考:無戸籍でお困りの方へ |法務省
参考:弁護士会の「無戸籍」に関する相談窓口 |日本弁護士連合会
離婚後300日を経過してから生まれる子どもの戸籍・親権・養育費はどうなる?
離婚後に子どもが生まれた場合に、それが離婚後300日を経過してからであった場合にはどうなるかと言いますと、出生時点で母親が再婚していなければ『非嫡出子(婚外子)』となります。
この『非嫡出子』である子どもは、母親の戸籍に入り、親権も母親が持つことになります。
子どもの父親が「認知」をすれば、父親に対して養育費を請求することができます。
嫡出子や認知について詳しくはこちらの記事もご確認ください。
【まとめ】離婚後の妊娠発覚でお悩みの方は、弁護士にご相談ください
離婚後に妊娠が発覚してしまった場合、戸籍・親権・養育費など、心配なことがいろいろ出てきます。
この記事を参考に、今あなたが置かれている状況や分からない点を確認し、不安が少しでも和らげばと思います。
離婚後妊娠が発覚した場合『離婚後300日以内』であるかどうかが大きな節目です。
原則として、離婚後300日以内に生まれる子どもは前夫の戸籍に入ることになります。
前夫が法律上の「父」の義務を果たさない(養育費を支払わない等)場合や、前夫を法律上(戸籍上)の「父」としたくない場合は、弁護士にご相談ください。