皮肉なことに、相続トラブルは「悪意」ではなく「優しさ」や「油断」から生まれることもあります。
「母さんが住んでいる間は、そのままでいいよ」という10年前の思いやりが、2026年の今、家族を巻き込んだ対応を余儀なくされることも。
今回は、架空の事例として、令和6年4月1日からはじまった相続登記の義務化が家族に及ぼす影響について解説します。
相続登記をせず放置するのは、昔は珍しくなかった
都内に住む50代のAさん(仮名)のケースで説明します(架空の事例です)。
10年前にお父様が亡くなった際、Aさんは「実家は母さんが一人で守っているんだし、実家をどうするかは追々決めよう。名義変更は急がなくていいよね」と残された家族(お母様と妹さん)と話し合いました。
精神的に大きなダメージを受けているお母様と、不動産の手続きの話をしづらかったためです。几帳面な妹さんは、たびたび「ちゃんと相続登記をした方がいい」と言っていましたが、「そのうちやるよ」と答えて、結局登記をしないまま放置しました。
昔は、相続登記は法律で義務化されておらず、相続後すぐに登記せず何年もそのままにしておく人も多かったのです。そして、その後さらに相続が発生するなどして全国に相続人の所在が広がったり、連絡不能になったりする相続人がいたりして、さらに相続登記が難しくなって放置されるようになりました。その結果、実際の所有者と登記の記載が一致しない、「所有者不明土地」が増えて社会問題となったのです。
そのため、2024(令和6年)4月1日、相続登記が義務化されました。
お父様が亡くなってから10年が経過した2026年2月。お母様は認知症を患って数年前に施設に入所していました。空き家となった実家の管理が兄妹間で問題になったのです。
きっかけは、「相続登記の義務の猶予が残り1年」というニュースです。
2024年(令和6年)4月1日、相続登記が義務化されましたが、それ以前に土地を相続したことを知った不動産で、相続登記がされていないものについては、手続きの猶予が2027年(令和8年)3月末までとなっています。正当な理由なく期限内に相続登記を申請しなければ、10万円以下の過料を受ける可能性があります。
デッドラインまであと1年ということで、Aさんはやっと重い腰を上げて妹に連絡しました。
「実家について法律上の権利はもらうから。早く売却の手続きしてね。もし過料を受けても、私は払えないわよ」
妹さんの声は、かつての穏やかさを失っていました。
この10年の間に妹さんの夫が事業に失敗し、実家を売却して、妹さんが相続した分については現金化したいという切実な事情が生まれていたのです。
「仕方ない。母さんも実家には戻れないし、売却する前提で手続きを進めるか。」
しかし、慌てて自分たちで手続きをしようとしたAさんを待っていたのは、想像を超える「壁」でした。
認知症のお母様と遺産分割協議ができない?
遺言がない場合、遺産の分け方は、相続人全員で話し合って決める必要があります。
妻、子ども二人が相続人の場合、法定相続分は妻2分の1、子どもは4分の1ずつです。
さて、「実家を売却して現金で分ける」という方向性が決まったのはよかったのですが、土地を売るためには、相続人全員で遺産分割協議書を作成して名義を変更したうえで、全員の同意が必要です。
「でもどうやって協議書を作成しよう。母さんはもう、認知症で難しい話は分からない…」
ここで壁にぶつかります。
法律上、遺産分割協議を行うためには、物事を理解し、判断する能力(意思能力)が必要です。お母様の認知症の状態にもよりますが、基本的に、誰がどれだけ遺産を受け取るかという話し合いは難しいと考えられます。つまり、お母様が直接話し合いに参加したうえで、遺産分割協議を行うことはできません。
このような場合には、裁判所に申立てを行い、お母様の代理人となる「成年後見人」を選任してもらったうえで、その成年後見人が代わりに遺産分割協議に参加し、話し合いをすることになります。
「裁判所の手続きが必要なんて…。」
妹からは「だから早く登記をした方がいいといったのに!」と責められ、Aさんは途方に暮れるのでした。
成年後見開始の申立てには、親族関係図、事情説明書、医師の診断書や本人の財産目録の作成、根拠資料、収支予定表、相続財産の目録と資料、親族の意見書など、ケースに応じて様々な必要書類があります。
大正時代からの戸籍が必要?
Aさんは裁判所への申立てを準備するとともに、相続登記手続きについて調べ始めました。
どうやら、相続登記をするには、被相続人、つまり亡くなったお父様の出生から死亡までの連続した戸籍謄本が必要とのこと。
お父様は大正生まれだったので、大正から亡くなられた平成までの戸籍が必要です。
早速Aさんは生前のお父様の本籍があった役所に、戸籍を取りに行きました。
しかしそこで取得した戸籍には、出生の記載はありません。
どうやら、お父様は本籍を変更したことがあるようで、変更前の戸籍を取得することができなかったのです。
「何度本籍を変えたかわからないし、役所に取りに行くのも大変だ…。」
Aさんは、ここでも壁にぶつかってしまいました。
以前は、本籍が変わっている場合には、そのたびに以前の本籍のある役所に対して戸籍を請求する必要があったので、戸籍収集はかなり時間と労力のかかる作業でした。また、戸籍に手書きで記載されていた時期もあり、判読が大変な戸籍もあるのです。
しかし、2024年(令和6年)3月1日、戸籍法の改正により「戸籍広域交付制度」が導入され、戸籍収集は格段に便利になりました。
まず、本籍地が遠くであっても、最寄りの市区町村役場の窓口で請求可能です。
また、本籍地が途中で変わっていても、一か所の窓口でまとめて請求できます。
参考:戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)|法務省

「戸籍広域交付制度」を利用して、何とかお父様の出生から死亡までの戸籍を集めたAさん。しかし、日々の生活の忙しさに追われて、お母様の成年後見人の申立て準備は、なかなか進みませんでした。
「お兄ちゃん!相続登記の件どうなってるの!?早く現金が必要なんだけど!」
妹さんからせかす電話が来るたびに、憂鬱になるのでした。
相続手続きは弁護士に相談を
成年後見開始の申立ても、遺産分割協議も、登記手続きも、法律上は個人で行うことが可能です。しかし、日々の忙しい生活を送りながら、法律や実務を理解したうえで、必要書類をそろえてスムーズに手続きを進めるのは難しいといえるでしょう。
自分で手続きをしようとする方の多くは、「費用を浮かせたい」と考えます。しかし、自分の時間や労力を費やすことになります。人によっては大きなストレスとなり、生活や家族仲に悪影響が出かねません。
面倒な手続きは弁護士に依頼し、ご自身は普段の生活を享受するという選択肢も、十分に検討に値するはずです。

今日からできる「第一歩」
親から相続した不動産について、登記手続きは終了していますか?
固定資産税の納税通知書に記載されている「所有者」の名義が、亡くなったお父様やお母様、さらにはおじい様などのままになっていませんか?
納税通知書が亡くなった方名義のままであれば、登記の所有者名義も亡くなった方のままである可能性が高く、その場合には相続登記が必要です。
2024年4月1日以前に相続したことを知った不動産についての相続登記の期限である2027年3月末までに相続登記を申請するには、早め早めの行動が吉です。お困りの方は、一人で悩まず、一度アディーレ法律事務所にご相談ください。





















