近年、暴言や不当な要求など、顧客等からの迷惑行為を指すカスタマーハラスメント(カスハラ)が問題視されるようになっています。
接客業などに従事されている場合、他人事ではないと不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
2024年10月、東京都で全国初となるカスハラ防止条例が成立しました。
この条例に罰則は設けられませんでしたが、カスハラ行為は、場合によっては犯罪にも当たり得る行為です。
顧客等による理不尽なクレームや不当な要求に応じる必要はありません。
事前にカスハラから身を守るための知識を得て、迷惑行為には毅然とした態度で対応しましょう。
この記事を読んでわかること
- 東京都のカスハラ防止条例の概要
- 加害者の負いうる法的責任
- カスハラへの対処法や事前対策
ここを押さえればOK!
カスハラ行為には法的リスクがあり、加害者は民事上の損害賠償責任や刑事上の責任を負う可能性があります。企業も、従業員がカスハラ被害に遭った場合、安全配慮義務を怠ったとして責任を問われることがあります。企業は、相談体制の整備やマニュアル作成、研修の実施などの対策が求められています。
カスハラへの対処法として、情報共有や加害者の行為記録、対応方針の決定が重要です。 また、悪質な場合には警察や弁護士に相談することをおすすめします。
東京大学法学部・東京大学法科大学院卒。アディーレ入所後は未払残業代請求事件をメインに担当し、2022年より労働部門の統括者。「自身も同じ労働者だからこそ、労働者の方々に寄り添える」との信念のもと、より多くのご依頼者様を、より良い解決へ導くことを目標に尽力している。東京弁護士会所属。
そもそもカスハラとは
カスハラとは、カスタマーハラスメントの略語として一般的に使われるようになった言葉ですが、法律上の明確な定義はまだありません。
もっとも、いわゆるパワハラ防止指針(※)によると、「顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為」とされています。
近年のSNSの普及による顧客側の発信力の増大を背景に、顧客による理不尽なクレームや言動は、徐々に問題視されるようになってきていました。
そして2024年10月4日、ついに東京都で全国初の「カスハラ防止条例」が成立しました。
※正式名称:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
参照:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!|厚生労働省
東京都のカスハラ防止条例の概要
東京都のカスタマーハラスメント(カスハラ)防止条例は、2024年10月4日に全会一致で可決・成立し、2025年4月1日から施行される予定です。
「何人も、あらゆる場において、カスタマーハラスメントを行ってはならない。」旨が規定され、カスハラ行為の禁止が条例で明記されることとなりましたが、違反した場合の罰則は設けられていません。
カスハラ防止条例は、あくまでカスハラ行為の抑止効果を期待するものであるという趣旨のようです。
一方、社会全体に、「(カスハラ行為を)やってはならない」という認識を浸透させる必要があると考えられており、カスハラの禁止が明記されるに至りました。
なお、正当なクレームや合理的な要求まで委縮しないよう、顧客等の権利を不当に侵害しないように留意することも定められています。
参照:東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方|東京都
加害者の法的責任
今回成立した東京都の条例では、カスハラ行為に罰則は設けられなかったとはいえ、カスハラ行為に法的リスクはあります。
具体的には、カスハラの加害者が民事上・刑事上の責任を負う可能性があるだけでなく、企業側も被害にあった従業員に対して責任を負う可能性があるのです。
(1)民事上の責任
カスハラ行為に及んだ場合、それが民法における不法行為(民法第709条)に該当する場合には、不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。
その内容としては、カスハラ被害にあった従業員個人に対する慰謝料といった賠償責任だけでなく、カスハラ行為によって企業に損害が生じた場合には、企業に対して賠償責任を負う可能性もあるでしょう。
(2)刑事上の責任
カスハラ行為の態様によっては、刑事上の責任を負うことも考えられます。
たとえば、脅迫行為などによって企業側の業務が妨害された場合には、威力業務妨害罪(刑法第234条)が成立し得ます。
また、従業員に対して暴言を吐くことや、その名誉を傷つける発言をした場合には、侮辱罪(同第231条)や名誉毀損罪(同第230条1項)が成立する可能性があります。
同様に、脅迫をすれば脅迫罪(同第222条1項)、脅迫などによって土下座をさせたなどの場合は、強要罪(同第223条1項)が成立し得ます。
また、従業員に対して暴力をふるえば暴行罪(同第208条)、暴行の結果としてケガを負わせた場合には傷害罪(同第204条)が成立します。
企業側が責任を負うことも
従業員がカスハラの被害にあった場合、企業側が責任を負う可能性もあります。
まず、労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。
つまり、企業がカスハラ対策を怠った結果、従業員に損害が生じた場合には、この安全配慮義務に違反したとして、従業員に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
なお、労働施策総合推進法の改正を踏まえて策定されたパワハラ防止指針(前出)では、カスハラについても言及されています。
同指針によると、企業側は、顧客等からの著しい迷惑行為によって、従業員が就業環境を害されることのないよう、次のような取組を行うことが望ましいとされています。
- (従業員からの)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 被害者への配慮のための取組(カスハラ客に一人で対応させない等)
また、同指針によると、カスハラ対応についてのマニュアル作成や研修の実施等、カスハラ被害を防止するための取組を行うことも、カスハラ被害を防止するうえで有効と考えられています。
カスハラへの対処法や事前対策
接客業などに従事している場合、いつカスハラ被害にあうかわかりません。
いざカスハラにあった場合の対処法や、事前にできる対策をいくつかご紹介します。
(1)情報共有や引継ぎ
カスハラ行為があった際には、その情報を従業員間で共有しておきましょう。
将来的にカスハラにつながりかねないトラブルがあった場合も同様です。
そして、異動などで担当者が変わる場合には、そのような情報も含めてきちんと引継ぎをすることをおすすめします。
(2)加害者の行為や発言を記録
実際にカスハラ被害が生じた場合には、加害者の行為や発言、そしてその日時を記録しておくとよいでしょう。
上司や同僚に助けを求めようにも、具体的な行為や発言があやふやだと対処が難しくなる可能性があります。
また、刑事・民事を問わず、証拠がなければ加害者に対する責任追及が難しくなってしまうかもしれません。
その点、カスハラ行為が犯罪に当たり得る場合、防犯カメラの映像や録音があれば、警察に証拠として提出できることもあるでしょう。
(3)対応方針の決定やマニュアル作成
カスハラへの事前対策としては、企業全体で対応方針を決定することや、そのマニュアルを作成しておくことが有効です。
そのような対策ができないか、上司などに掛け合ってみてもよいでしょう。
場合によっては警察や弁護士に相談しよう
前述したように、暴行や脅迫、強要など、カスハラは犯罪に該当する可能性も十分にあり得る行為です。
悪質なカスハラでお困りの場合には、警察に相談することをおすすめします。
また、加害者に対する損害賠償請求を検討している場合には、弁護士に相談するとよいでしょう。
なお、弁護士には、民事上の損害賠償請求だけでなく、刑事告訴の代理人を依頼することも可能です。
【まとめ】東京都のカスハラ防止条例(全国初)は、2025年4月に施行予定
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 2024年10月、東京都で全国初のカスハラ防止条例が成立した
- この条例に罰則はないが、カスハラの内容によっては、民事・刑事両方の法的責任を負う可能性がある
- 従業員がカスハラの被害にあった場合、企業側が責任を負う可能性もある
- カスハラ対策としては、従業員間の情報共有や、加害者の行為や発言を記録しておくことなどが考えられる
- 企業がカスハラ対策のマニュアルを作成しておくことも有効
- 悪質なカスハラがあった場合、警察や弁護士に相談するといった手段もある
全国初となった東京都のカスハラ防止条例では、カスハラ行為を禁止する旨が明記されています。
この条例に罰則はありませんが、カスハラ行為は民事上の不法行為や、暴行罪や脅迫罪、威力業務妨害罪などの犯罪になる可能性もあります。
悪質なカスハラでお困りの場合は、警察に相談することもご検討ください。