仕事中、機械が突然動き出しちょっとした怪我をしてしまった、取引先に向かっている途中にちょっとした怪我をした、通勤途中に転倒してちょっとした怪我をした経験がある方も多いのではないでしょうか。
「こんな軽い程度のケガだったら労災なんて下りないかな?」などと考える方もいらっしゃると思います。
実は、ケガの原因が労災であれば、たとえちょっとしたケガであっても、労災が使えます。労災保険から費用が支払われ、労災の事故にあった方は、費用を負担する必要はないのです。
この記事では、
- 労災補償は全ての労働者がうけられる
- ちょっとした怪我であっても労災の補償を受けられる
- どのような事故が労災になるのか
- 会社が労災隠しをする場合の対応
などについて弁護士が解説します。

中央大学卒、アディーレ入所後は残業代未払いの案件をメインに担当し、2018年より労働部門の統括者。「労働問題でお悩みの方々に有益な解決方法を提案し実現すること」こそアディーレ労働部門の存在意義であるとの信念のもと、日々ご依頼者様のため奮闘している。東京弁護士会所属。
労災補償は、すべての労働者が受けられる
労災保険は、業務上労働者が怪我や病気をし、あるいは死亡(業務災害)した場合や、また通勤の途中の事故などの場合(通勤災害)に、国が事業主に代わって給付を行う公的な制度です。
労働基準法は、労働者が仕事で病気やけがをしたときには、使用者が療養費を負担し、その病気やけがのため労働者が働けないときは、休業補償を行うことを義務づけています(労働基準法第75、76条)。
しかし、事業主に余裕がなかったり、大きな事故が起きたりした場合には、迅速な補償ができないかもしれません。
そこで、労働災害が起きたときに労働者が確実な補償を受けられるように、労災保険制度があります。
基本的に労働者を一人でも雇用する会社は労災保険が適用され、保険料は全額事業主が負担します。
社員だけでなく、パートやアルバイトも含むすべての労働者が対象です。
労災保険の特別加入制度とは
労災保険は、本来、労働者の保護を目的とした制度です。よって、事業主、会社役員、自営業者、家族従事者など労働者ではない者は、保護の対象とはなりません。
しかし、労働者でない者の中には、業務の実態や災害の発生状況などからみて、労働者に準じて保護することがふさわしい者がいます。
そこで、これらの方に対しても、特別に任意加入することを認め、労災保険による保護を図ることとしたのが労災保険の特別加入制度です。
例えば、執行役員という肩書がある場合、「役員」という名称がついていますが、実際には従業員(労働者)であることも多いです。
執行役員は、次の事情などがある場合に労働者と判断され、労災保険が適用される可能性があります。
- 雇用契約に基づいて会社に雇われている
- かつ、取締役会などの決定に基づいて業務を執行している
- かつ、役員報酬ではなく給与として賃金が支払われているなど
特別加入の可否は、実質的に労働者性が認められるか否かで決まります。
ご自身が特別加入の要件を満たすかについては、人事労務関係に詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。
労働災害が原因なら、ちょっとした怪我でも労災補償を受けられる
労災保険制度は、労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。
労災保険法第1条は、労働者災害補償保険は、「事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行」う、と定めています。
したがって、「事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」が労災給付の対象となります。
よって、「事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷」ならば、怪我の程度は問われません。
労働災害には、業務中に起きた「業務災害」と、通勤途中に起きた「通勤災害」に分けられます。それぞれについて説明します。
(1)業務災害
業務災害とは、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡をいいます。
労働時間内に業務上の行為や事業場の施設・設備などが原因で発生した怪我は、業務災害(業務上の怪我)と認められることとなります。
業務上とは、業務が原因となったということを意味します。
業務と傷病等の間に一定の因果関係があることをいいます。
これを、業務起因性といいます。
例えば、会社の仕事で、機械を使っていて機械に指を挟まれてしまってケガをした場合には、業務起因性が認められます。
また、業務災害に対する保険給付は労災保険が適用される事業に労働者として雇われて働いていることが原因となって発生した災害に対して行われるものですから、労働者が会社の支配下にあるなかで起きた災害でなければなりません。
これを、業務遂行性といいます。
業務遂行性は、昼休み中の会社の事故、出張中の事故などで問題になる要件です。以下、場合に分けて説明します。
(1-1)業務遂行性
業務遂行性とは、怪我をした労働者が、労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態のことをいいます。
業務遂行性の有無は、
ア 事業主の支配・管理下で業務に従事している場合、
イ 事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合、
ウ 事業主の支配にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
に分けて考えられます。
以下、それぞれについて説明します。
ア 事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
事業主の支配・管理下で業務に従事している場合とは、所定労働時間内や残業時間内に事業場内において業務に従事している場合が該当します。この場合の災害は、被災労働者の業務としての行為や事業場の施設・設備の管理状況などが原因となって発生するものと考えられるので、所定労働時間内に私用を行っていたり、故意に災害を発生させたなどの事情がない限り、業務遂行性が認められると考えられます。
イ 事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合
事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合とは、昼休みや就業時間前後に事業場施設内にいる場合が該当します。
休憩時間や就業前後は実際に業務をしているわけではないので、業務を遂行しているなかで被災したとはいえないようにも見えます。
しかし、事業主の支配・管理下にあることを理由として、業務遂行性が認められることもあります。
ウ 事業主の支配にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
事業主の支配にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合とは、出張や社用での事業場施設外で業務に従事している場合が該当します。
出張や社用の事業場施設外では、事業主の管理下を離れていると言えます。
もっとも、会社の命令を受けて仕事をしているため、会社の支配下にあるといえます。そのため、仕事の場所はどこであっても、一般的には業務災害と認められます。
ただし、労働者が自分の意思でプライベートな行動をしているなど特段の事情がある場合は、業務遂行性が認められないことになります。
(1-2)業務起因性
業務起因性とは、負傷や疾病が業務に起因して生じたものであることを意味します。例えば、休み時間中の怪我や、自然現象、外部の力、本人の問題行為(事業所内での喧嘩など)によって怪我をしたときに、それらに業務起因性があるのかが問題となります。
(2)通勤災害
通勤災害とは、労働者が通勤により被った負傷、疾病、障害又は死亡を言います。
この場合の通勤災害(通勤上の怪我)と認められる「通勤」は、業務外で次のいずれかを「合理的な経路及方法」で行なっている場合が該当します。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動
移動の経路を逸脱し、又は移動を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の移動は「通勤」とはなりません。
例えば、会社からの帰り道に私的な買い物に立ち寄った際にけがをしたような場合には、通勤災害と認められなくなります。
ただし、逸脱又は中断が日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱又は中断の間を除き「通勤」となります。
例えば、会社からの帰りに、病院で診察を受けて帰宅する際にけがをした場合には、通勤災害と認められることがあります。
状況別に解説!この怪我は労災として認められる?
では、次のような場合、労災として認められるでしょうか。
(1)業務時間中・休憩時間中・出張中の怪我
- 業務中に先輩社員に殴られて負傷した
私的怨恨、挑発行為など業務外の要素がなければ業務上災害となるでしょう。 - 荷物の積み込み中に指をはさんで負傷した
業務中の負傷であり、業務遂行性、業務起因性があり、業務災害となると考えられます。 - 業務中にトイレに向かおうとして、階段から落ちた
トイレに行くことは、本来業務ではありませんが、飲水等とともに生理的な行為として業務に付随する行為であるとされ、業務遂行性が認められます。また、階段という会社の施設が関係しているので、業務起因性も認められることから、業務災害となると考えられます。 - 昼休み中に社内の給湯室で火傷した
休憩中であっても、会社施設内にいる限り、業務遂行性があると考えられ、災害の原因が給湯室という事業場施設に関係していることから、業務起因性も認められることから業務上災害になると考えられます。 - 出張先のホテルの浴室で転び、腰を打った
出張に通常伴う行為中の災害ですので、業務遂行性が認められ、業務起因性も認められることから業務災害になると考えられます。 - 休憩時間中に喫煙場に向かおうとして、階段から落ちた
会社の管理下にはないと考えられ、業務遂行性が認められないため、業務災害にはならないと考えられます。なお、喫煙場が会社施設内にある場合には、業務遂行性、業務起因性が認められ、業務災害になる場合もあると考えられます。 - 昼休み中に社外にランチに出かけた際に怪我をした
会社施設から離れた私的行為のため、業務遂行性が認められず、業務災害にはならないと考えられます。
(2)通勤途中の怪我
- 出勤時にマンションのドアに指を挟んで負傷した
住居と通勤の境界は、マンションの場合、原則として自室の玄関ドアとなり、すでに通勤が開始された後の災害であるので、通勤災害になると考えられます。 - 早退して病院で診療を受けた帰路で怪我をした
病院での診察は、日常生活上必要な行為になり、診療後、合理的な通勤経路にもどったところから通勤が始まると考えられるので、通勤災害になる可能性があると考えられます。 - 自宅から単身赴任先へ向かう道中で怪我をした
単身赴任者の移動であって、通常の通勤に先行して行われるものである場合には、通勤災害になると考えられます。 - 帰宅途中に立ち寄ったコンビニのドアに指を挟んで負傷した
通勤の経路上にあるコンビニで日用品の購入を行うことは、通勤の中断にあたるため、通勤災害にはならないと考えられます。 - 友人宅から会社に向かう途中で怪我をした
住居と就業の場所の往復に該当しないため、通勤災害には該当しないと考えられますが、業務上やむを得ない都合があったと認められる場合は、通勤災害が認定される可能性があります。
(3)労災隠しとは?
どのような場合に労災に該当するかについて、イメージを持っていただけたでしょうか。
もし、あなたが労災の事故にあった場合、労災の事故にあったことを会社に報告することになります。
そして、普通であれば、会社は、労災として、労働保険の手続きをしてくれるはずです。
では、会社が報告しても何もしてくれなかった場合、どうなるのでしょうか。
ところで、労働災害が発生しているにもかかわらず、会社が適切に労働災害を労働基準監督署に報告しないことを「労災隠し」といいます。
労災隠しの代表例としては、次の5つがあります。
- そもそも労災保険に加入していない
- 労災の事実を、労働基準監督署に報告をしなかった
- 労働者に労災の事実を口止めした
- 虚偽の内容を労働基準監督署に報告した
- 健康保険で治療するよう指示した
詳しくはこちらの記事もご確認ください。
会社が労災隠しをしていて、どうしても会社が労災申請してくれない場合は、自分で労働基準監督署に申請することも可能です。
この場合は、労働基準監督署にご相談ください。
(4)労働災害の怪我に健康保険証を使うのはNG

労働災害でけがをしたら、病院に行くのが通常だと思います。
そして、診察を受ける前に、健康保険証を出してください、と言われることがあるかもしれません。
しかし、労働災害で怪我をして通院した場合、健康保険は使ってはいけません。
健康保険は、労災保険とは関係のない怪我や病気に対して支給される保険です。
よって、労働災害の怪我に健康保険は使えないこととなります。
労働災害の怪我について、健康保険を使って治療を受けてしまった場合は、健康保険から労災保険への切替手続きが必要となります。
【まとめ】労働災害が原因なら、怪我の程度にかかわらず労災補償を受けられる
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- すべての労働者(パートやアルバイトを含む)は労災保険に強制加入で、加入義務は会社にある
- 「業務上の事由又は通勤による労働者の負傷」ならば、怪我の程度は問わず労災給付を受けられる
- 荷物の積み込み中に指を挟んで負傷した場合や、出勤時にマンションのドアに指を挟んで負傷した場合などが労災として認められる
- 会社が労災隠しをする場合は、労働基準監督署に自分で労災申請することも可能
- 労災の怪我に健康保険を使うのはNG
適切な労災補償を受けられずお困りの方は、会社の所在地を管轄する労働基準監督署(公的機関)にご相談ください。