あなたやあなたの同僚が日常的に直面している「カスタマーハラスメント」という問題。
顧客からの理不尽な要求や暴言、さらには身体的な暴力まで、様々な形で私たちの業務を妨害し、精神的なストレスを引き起こすことがあります。しかし、この問題にどう対処すれば良いのか分からず、悩んでいる方も多いのではないでしょうか?
このコラムでは、具体的なカスタマーハラスメントの事例を紹介しながら、その対処法や対策について弁護士が詳しく解説します。カスタマーハラスメントの実態を理解し、適切な対応策を身につけましょう。
この記事を読んでわかること
- カスタマーハラスメントの定義・判断基準
- カスタマーハラスメントの事例
- カスタマーハラスメントに対する適切な対処法・事前の対策
- 【東京都】全国初のカスタマーハラスメント防止条例が制定
ここを押さえればOK!
厚生労働省は、暴行や傷害、暴言や脅迫、過剰な要求、頻繁なクレーム、長時間居座り、性的な言動などを具体例として挙げています。
カスハラに対する対処法としては、誠意ある対応と正確な状況把握が重要です。安易に非を認めず、正確な事実確認を行い、必要に応じて現場監督者や責任者に情報を共有します。従業員のメンタルヘルスにも配慮し、再発防止策を講じることが求められます。
会社としての事前の対策には、対応マニュアルの整備や従業員の教育、相談窓口の設置などが含まれます。これにより、従業員の負担軽減と業務パフォーマンスの維持が期待されます。
悪質なカスハラに対しては、警察や弁護士に相談することが推奨されます。カスハラ加害者は民事上・刑事上の責任を負う可能性があり、従業員個人や企業に対する賠償責任が生じることもあります。
東京大学法学部・東京大学法科大学院卒。アディーレ入所後は未払残業代請求事件をメインに担当し、2022年より労働部門の統括者。「自身も同じ労働者だからこそ、労働者の方々に寄り添える」との信念のもと、より多くのご依頼者様を、より良い解決へ導くことを目標に尽力している。東京弁護士会所属。
カスタマーハラスメントとは
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客などからのクレームや言動のうち、(1)要求の内容の妥当性に照らし、(2)手段・態様が社会通念上不相当なものであって、その手段・態様が労働者の就業環境を害するものと言われています。
この定義は、(1)要求内容の妥当性と、(2)その手段・態様が社会通念上不相当であるのか否かを総合的に考慮してカスハラといえるのか判断するべきという趣旨によるものです。このカスタマーハラスメントの定義を前提とすると、カスタマーハラスメントかどうか判断する基準として、次の2つの観点が挙げられます。
<カスタマーハラスメントの判断基準> ①顧客等の要求内容に妥当性はあるか ➁要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当か |
例えば、顧客が商品の交換を求めている場合、その商品に欠陥があれば正当なクレームといえます。しかし、その商品に全く欠陥がない場合には、顧客が求める商品の交換は不当な要求といえ、「カスタマーハラスメント」に当たる可能性が高いでしょう(①に当たる)。
一方で、例えば、長時間のクレームや嫌がらせを繰り返す行為は、要求内容が正当なものであっても、社会通念上相当な行為とはいえませんので、「カスタマーハラスメント」に当たる可能性が高いでしょう(➁に当たる)。
カスタマーハラスメントの事例とは
では、厚生労働省の検討会で実際にあがった事例を参考に、カスタマーハラスメントに当たる事例を見ていきましょう。
いずれの事例も、顧客の要求内容の妥当性、要求を実現させるための手段・態様の社会的相当性に照らし、カスハラに該当するとされるものです。
(1)暴行や傷害を受ける
暴行や傷害を伴うクレームや言動は犯罪に該当しうるものであり、カスタマーハラスメントに当たるといえるでしょう。
【具体例】
- 駅員がホームを巡回していたところ、点字ブロックの内側で撮影している旅客を発見した。危険であったため、下がるように注意喚起したが、そのまま続けたため再度注意喚起を行ったところ、「うるさい」「邪魔、どけ」と言いながら肘のあたりで突き飛ばされた。
- 顧客がレジの接客態度が悪いことを理由に従業員を呼びつけ、従業員が到着すると胸ぐらを掴み15m ほど引きずった上で、「俺は人を殺した事がある」などと発言し、暴力を振るった。
(2)暴言や脅迫を受ける
暴言や脅迫を伴うクレームや言動もカスタマーハラスメントに当たるといえるでしょう。
【具体例】
- 顧客が「殺すぞ」「家に火をつけるぞ」と脅迫にあたる発言を行った。
- 自動精算機での事前精算を案内されたことに不満を持った顧客が、従業員に対して大声で「おれは東京の不動産会社の社長だぞ」「お前なんかクビにしてやる」と発言した。
(3)過剰な要求を強要する
顧客が過剰な要求を強要する行為もカスタマーハラスメントに当たるといえるでしょう。
【具体例】
- 顧客が「徹夜で明日までにバグを開発チームと直せ」「2000 万払え」といった過剰な要求を行った。
- 顧客が購入した商品が不良品だったため修理受付を行ったが、顧客が納得しなかったため従業員は店舗で謝罪した。さらに、顧客が翌日自宅まで来て謝罪することを要求し、従業員は4日間深夜まで謝罪させられた。
(4)頻繁なクレームや嫌がらせを受ける
頻繁なクレームや嫌がらせを受けるのもカスタマーハラスメントに当たるといえるでしょう。
【具体例】
- コールセンターに同一人物から短時間に繰り返し入電があった。内容は「殺すぞ」「センターに行く」などの不穏な暴言のほか、無言・無応答の入電も100 回以上あった。
- 顧客が20 年前に購入した商品が動かなくなったと無償での修理を要求してきた。2日間、当該企業及び商 品の輸入元へ執拗に架電し、長時間に渡り、「購入時にきちんとメンテナンスの説明を聞いていない」、「メンテナンスの注意書きを貰っていないため説明に落ち度がある」等と主張を続け、無償での修理を要求した。
(5)長時間居座られる
長時間にわたり居座られるというのもカスタマーハラスメントに当たるといえるでしょう。
【具体例】
- 顧客の安全を配慮し、サービスを丁重に断ったところ、フロア全体に響き渡る程の大声で怒 鳴り散らす、暴言を吐く、靴を投げる、椅子を叩くなど2時間にわたり威圧的行動を取った。
- 顧客がプリペイドカードを購入後、返金を申し出たが、従業員が店舗で返金できない商品である旨を説明したところ、「店長を出せ」「店長権限で返金しろ」など同じ内容で長時間(2 時間 30 分)詰問した。
(6)性的な言動を受ける
顧客から性的な言動を受けるのもカスタマーハラスメントに当たるといえるでしょう。
【具体例】
- 顧客が「可愛らしいね、ずっと話していたいよ」「癒やされるね」「下の名前も教 えて」とセクハラにあたる言葉をかけた。
- 顧客が従業員を抱き寄せたり、腕を掴みベッドに引っ張ろうとした。また、「一緒に寝よう」「ちゅっちゅしてほしい」等と発言した。
カスタマーハラスメントに対する適切な対処法・事前の対策
では、実際にカスタマーハラスメントに対する適切な対処法や事前の対策を知っておきましょう。
カスタマーハラスメントに対する対処法や事前の対策を知っておくことで、従業員を守ることにもつながり、またその後の顧客とのトラブルを防ぐことができるかもしれません。
参照:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!|厚生労働省
(1)カスタマーハラスメントを受けた場合にとるべき対処法
カスタマーハラスメントを受けた場合には誠意ある対応をしつつ、正確な状況把握に努める必要があります。
正確な状況を把握し、顧客の言動がカスタマーハラスメントか正当なクレーム・言動に当たるのかを判断し、その後の対応を検討する必要があります。
(1-1)対象を明確にして謝罪する
会社(事業者)として非がある場合には、その範囲内で謝罪をします。
安易に非を認めるとカスタマーハラスメントを行った顧客をつけあがらせるだけではなく、会社(事業者)の過失を認めることにもなりかねません。
正確な状況が把握できていない場合には、安易に会社(事業者)の非を認めるような発言はせずに、不快な思いをさせたことに対する謝罪のみを行うようにしましょう。
(1-2)正確な状況確認を行う
カスタマーハラスメントに当たるかどうかを判断するためにも、顧客や従業員双方からの主張や意見を聞き、事実かどうかを確認する必要があります。顧客から話を聞くことで、顧客を落ち着かせることにもつながります。
確認した事実に基づき、会社(事業者)に過失がある場合には謝罪し、過失の範囲に応じて商品の交換や返金など対応をとるようにしましょう。
(1-3)現場監督者や責任者に共有する
現場監督者や責任者に情報を共有することも必要です。
カスタマーハラスメントは1人では対応せずに、現場監督者や責任者も含めた組織で対応するようにしましょう。
(1-4)従業員に対して配慮の装置をとる
被害を受けた従業員に対してメンタルヘルスなどが生じていないか確認し、メンタルヘルスなどが生じている場合には適切に対応するようにしましょう。
(1-5)再発防止策を講じる
同様なカスタマーハラスメントが生じないように、体制の構築やマニュアルの見直しなど定期的な改善を行うようにします。
(2)カスタマーハラスメントに対して会社がとるべき対策
次に、カスタマーハラスメントに対して会社(事業者)がとるべき対策を見ていきましょう。
カスタマーハラスメントを放置することは、従業員の負担を増やし、業務のパフォーマンスが低下するおそれがあります。業務のパフォーマンスの低下を防ぎ、従業員を守るためにも、会社(事業者)がカスタマーハラスメントに対して対策を講じることは有効といえるでしょう。
(2-1)カスタマーハラスメントへの対応するための体制整備
カスタマーハラスメントに対する初歩的な対策として、対応マニュアルを整備し、社内体制を整えることが重要です。
従業員がどのように対応すべきかを明確にし、具体的な手順を示すことで、スムーズな対応が可能になります。定期的な研修を行い、従業員の対応力を向上させることも効果的です。
(2ー2)カスタマーハラスメントの被害者への配慮のための体制整備
カスタマーハラスメントの被害を受けた従業員のために例えば、次のような体制を整備することが望ましいといえます。
【カスタマーハラスメントの被害者への配慮のための体制】
- カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できるようにする相談窓口の設置
- 従業員の相談を受けて適切に対応できる体制の整備(相談対応者の教育など)
カスタマーハラスメントに対する対策が不十分な会社(事業者)は、従業員から「安全配慮義務違反」で訴えられる可能性があります。安全配慮義務とは、事業者が労働者に対して負担する「労働者が安全と健康を確保しつつ就業するために必要な配慮をする義務」のことをいいます。
実際、カスタマーハラスメントに対して不適切な対応をとったことで、裁判上従業員に対して損害賠償が命じられた事例もあります。
【2025年4月施行】東京都では全国初のカスタマーハラスメント防止条例が制定
東京都のいわゆる「カスハラ防止条例」は2024年10月4日に全会一致で可決・成立し、2025年4月1日から施行されました。このようなカスハラに向けた条例が制定されるのは全国初の試みになります。
社会全体に「(カスハラ行為を)やってはならない」という認識を浸透させるため、カスハラ行為の禁止が条例で明記されることとなりました(罰則なし)。このような条例が制定されることにより、企業側が従業員保護に向けた取り組み(マニュアルの作成や相談窓口の設置など)を積極的に行うようになるなどの効果が期待されています。
【まとめ】カスハラの対応や対策は急務|必要に応じて警察や弁護士に相談も
カスタマーハラスメントは、顧客からの理不尽な要求や暴言、さらには身体的な暴力まで、従業員に大きな精神的負担を与える問題です。
重要なポイントは、正当なクレームとカスタマーハラスメントを明確に区別し、適切に対処することです。具体的な事例と対策を理解し、従業員の安全を確保するために、社内体制や対応マニュアルを整備することが求められます。
また、悪質なカスハラの加害者は民事上・刑事上の責任を負う可能性があります。例えば、カスハラ被害にあった従業員個人に対する慰謝料といった賠償責任だけでなく、カスハラ行為によって企業に損害が生じた場合には、企業に対して賠償責任を負う可能性もあるでしょう。
悪質なカスハラにお困りの場合には、警察やカスハラ対応を行っている弁護士に相談するようにしましょう。