「業務外の原因で病気になってしまった……療養期間中に使うなら、傷病手当金と有給休暇、どっちが得なの?」
傷病手当金と有給休暇、2つの制度があると、どちらを選べばいいのか悩んでしまいますよね。
業務外の原因によるケガや病気で働けない間は、原則として給与を受け取ることができません。
そのため、少しでも経済的な不安は減らしたいものです。
「傷病手当金」と「有給休暇」のどちらが得なのかは、ケースによります。
基本的には有給休暇のほうがもらえる金額は多くなりますが、傷病手当金を受け取るほうが良い場合もあります。
なお、傷病手当金については、2022年1月施行の法改正により、傷病手当金をもらえる期間が「通算化」されました。これにより、法改正前に比べ、傷病手当金をもらえる期間がより長くなるケースもあります。
この記事を読んでわかること
- 「傷病手当金」と「有給休暇」はどっちが得か
- 傷病手当金と有給休暇の内容
中央大学卒、アディーレ入所後は残業代未払いの案件をメインに担当し、2018年より労働部門の統括者。「労働問題でお悩みの方々に有益な解決方法を提案し実現すること」こそアディーレ労働部門の存在意義であるとの信念のもと、日々ご依頼者様のため奮闘している。東京弁護士会所属。
傷病手当金とは
「そもそも傷病手当金ってどんな制度なんだろう?」
療養のため仕事を休むとなると、傷病手当金について詳しく知りたくなりますよね。
「傷病手当金」とは、業務外のケガや病気のために4日以上仕事に就くことができなかった場合に健康保険からもらえる給付のことです。
次のことについて詳しくご説明します。
- 傷病手当金をもらうための条件
- 傷病手当金をもらえる期間
- もらえる傷病手当金の額
- 雇用保険の傷病手当との違い
(1)傷病手当金をもらうための条件
傷病手当金は、次の条件を全て満たした場合にもらうことができます。
- 業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること
- 仕事に就くことができないこと
- 連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと
- 休業した期間について給与の支払がないこと
これについてご説明します。
(1-1)条件1|「業務外の事由」による病気やケガの療養のための休業であること
傷病手当金が支給されるのは、「業務以外」の原因で病気やケガをした場合に限られます。業務中や通勤中の病気やケガは、労災保険の補償対象となります。
(1-2)条件2|仕事に就くことができないこと
医師の診断を基に、本来の業務内容も考慮して、仕事に就くことができないと判断されることが必要です。自己申告のみでは傷病手当金をもらうことはできません。
(1-3)条件3|連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと
連続する3日間の休み(待期期間)の後、4日目以降に働くことができない場合に、この4日目から傷病手当金をもらうことができます。
3日間未満しか休んでいない場合や、休みが3日間以上連続していない場合には、傷病手当金をもらうことはできません。
(1-4)条件4|休業した期間について給与の支払がないこと
休んでいる間に会社から給与の支払がある場合には、原則として傷病手当金をもらうことができません。
傷病手当金をもらうための条件について、詳しくはこちらをご覧ください。
(2)傷病手当金をもらえる期間
2022年1月1日施行の法改正により、傷病手当金をもらえる期間が「傷病手当金を実際にもらった期間が合わせて1年6ヶ月になるまで」となりました(通算化)。
この新しい制度の対象となるのは「2020年7月2日以後に新しく傷病手当金をもらい始める人」です。
2020年7月1日以前に傷病手当をもらい始めた方の場合は、従前どおり、傷病手当金をもらえる期間は、「もらい始めた日からカレンダーの日数で数えて1年6ヶ月が経つまで」となります。
参考:令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます|厚生労働省
(3)もらえる傷病手当金の額
もらえる傷病手当金の額は、原則として次の式によって計算します。
1日当たりの金額
=支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の「標準報酬月額」を平均した額÷30日×3分の2
「標準報酬月額」とは、保険給付の基礎となる額で、毎月受け取る給与の月額を区切りの良い一定の幅で区分したもののことです。標準報酬月額は、基本給のほか、残業に対する手当など諸手当も含めて算出します。このため、基本的には月の総支給額と近い額が標準報酬月額となります。
つまり、傷病手当金は、おおむね給与(総支給額)の3分の2の額をもらえるということになります。
なお、傷病手当金をもらっている間は、もらっている傷病手当金の中から社会保険料の自己負担分を支払わなければなりません(会社によっては社会保険料を一時的に立て替えてくれることもありますが、基本的には自分で支払うことになります)。
このため、実際に手元に残る額は、もらえる傷病手当金の額から支払う社会保険料を差し引いた金額ということになります。
参考:病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)|全国健康保険協会
参考:標準報酬月額・標準賞与額とは?|全国健康保険協会
(4)雇用保険の傷病手当との違い
「傷病手当金」と似たものとして、雇用保険の「傷病手当」というものがあります。
雇用保険の「傷病手当」とは、雇用保険の受給資格者が仕事を辞めた後に求職の申込みをしたものの、15日間以上にわたって、引き続き病気やケガのために仕事に就くことができない場合にもらえる手当のことです。
「健康保険の傷病手当金」と「雇用保険の傷病手当」は、もらえる場面が異なります。
「健康保険の傷病手当金」は、原則として「在職中」の労働者が、もらえます。
これに対して、「雇用保険の傷病手当」は「離職中」の方がもらえます。
また、「健康保険」から支給されるのか、「雇用保険」から支給されるのかという点でも異なります。
雇用保険の傷病手当について、詳しくはこちらをご覧ください。
有給休暇とは
ここまで傷病手当金についてご説明してきましたが、次に有給休暇についてご説明します。
「有給休暇」(年次有給休暇・有休)とは、原則として一定期間勤続した労働者に対して付与され、給与を受け取りつつ休むことができる休暇のことです。
法律上、有給休暇は、次の条件をいずれも満たした場合に与えられます。
- 雇用関係にあること
- 雇用され始めてから6ヶ月以上継続して勤務していること
- 出勤率が全労働日の8割以上であること
参考:年次有給休暇とはどのような制度ですか。パートタイム労働者でも有給があると聞きましたが、本当ですか。|厚生労働省
有給休暇取得時の賃金
有給休暇取得時の賃金は、原則として通常通り休まずに働いた場合と同じだけの賃金を受け取ることができます。
例えば、月給制で給与を受け取っている場合には、有給休暇取得時の1日当たりの賃金は基本的に次のとおり計算されます。
有給休暇取得時の1日当たりの賃金(月給制の場合)=月給÷当月の所定労働日数
ただし、会社によっては、それ以外の計算方法によって計算されることもあります。
「傷病手当金」と「有給休暇」の違い
「傷病手当金」と「有給休暇」は、どちらも仕事を休んでいる間にお金をもらえる制度という点では共通しています。
しかし、この2つには次の点で違いがあります。
- 誰がお金をくれるのか
- どのような場合にもらえるか
- いつまでもらえるか
- いくらもらえるのか
これらの違いについて詳しくご説明します。
(1)誰がお金をくれるのか
傷病手当金の場合、「健康保険」からお金が給付されます。これに対して、有給休暇の場合には、「会社」が給与としてお金を支払います。
(2)どのような場合にもらえるのか
傷病手当金は、業務外の事由による病気やケガの療養のため、会社を休んでいること等の条件を満たした場合にもらうことができます。
これに対して、有給休暇を使うことができる場面は、病気やケガなどに限られません。
(3)いつまでもらえるのか
傷病手当金は、支給開始日から通算して最大1年6ヶ月の間もらうことができます。
これに対して、有給休暇は、付与されている日数の範囲内でもらうことができます。有給休暇は、フルタイム勤務の労働者の場合、次の日数が与えられます。
雇われ始めてからの勤続年数 | 与えられる有給休暇の日数 |
---|---|
6ヶ月経過後 | 10日 |
1年6ヶ月経過後 | 11日 |
2年6ヶ月経過後 | 12日 |
3年6ヶ月経過後 | 14日 |
4年6ヶ月経過後 | 16日 |
5年6ヶ月経過後 | 18日 |
6年6ヶ月経過後 (その後は1年経過ごとに) | 20日 |
※有給休暇が付与されてから2年経過したものは、時効で消滅します。
フルタイム勤務の労働者以外の場合など、有給休暇の日数について詳しくはこちらをご覧ください。
(4)いくらもらえるか
傷病手当金は、おおむね給与(総支給額)の約3分の2の額をもらうことができます。これに対して、有給休暇は、原則として通常どおり勤務したのと同じ満額の給与をもらえます。
「傷病手当金」と「有給休暇」はどっちが得か
傷病手当金と有給休暇に違いがあることは分かりましたが、自分の場合にはどっちが得なのでしょうか……?
基本的には、休みが短いのならば、1日あたりもらえる金額が大きい「有給休暇」の方が得と言えるでしょう。
しかし、休みが長くなるのならば長くもらえる「傷病手当金」の方が基本的には得なことが多いでしょう。
傷病手当金と有給休暇の2つの制度があるため、できればお得なほうの制度を使いたいものですよね。傷病手当金と有給休暇のどちらを使うほうが得なのかについてご説明します。
(1)有給休暇を取得したほうがもらえる金額は多い
先ほどご説明したとおり、おおまかに言えば、傷病手当金は給与月額の約3分の2の支払を受けることができます。
これに対して、有給休暇を使った場合には、その期間中の給与が満額支払われることになります。
このため、単純に考えると、もらえる金額は有給休暇のほうが多くなります。
もらえる金額は有給休暇のほうが多いなら、どんな場合でも有給休暇を使ったほうがお得なのではないですか?
もらえる金額が多いからと言って常に有給休暇を取得するほうがお得かといえば、そうとも言えません。
どれだけの期間休むのかということや、どのような状況で休みを取るのかということに応じて、傷病手当金を受け取ったほうがいい場合もあります。
(2)傷病手当金を受け取ったほうが良い場合
次のような場合には、有給休暇を使うのではなく、傷病手当金をもらうほうが良いことがあります。
- 長期間療養する場合
- 有給休暇を後のために残しておきたい場合
- 入社したばかりなどで有給休暇を使えない場合
- 連日長時間の残業をしてきた場合
これらについてご説明します。
(2-1)長期間療養する場合
ケガや病気の治療に時間がかかり、長期間の療養が見込まれる場合には、有給休暇では足りなくなってしまうことがあります。
有給休暇が付与される日数は、先ほどご説明したとおり、法律上、勤続年数に応じて1年あたり10~20日です(フルタイム勤務の場合)。また、最大で20日分は翌年に繰り越すことができます。
さらに、有給休暇の権利は、時効により2年で消滅してしまいます。
このため、原則として、繰り越し分と合わせても最大で40日分の有給休暇しか持つことができません(会社独自のルールでそれより多くの有給休暇が付与されたり、繰り越すことができる場合はあります)。
最大40日分の有給休暇しか持てない以上、最大40日間を超えて療養をしなければならないのであれば、有給休暇では足りなくなってしまうのです。
これに対して、「傷病手当金は支給開始日から通算して1年6ヶ月」受け取ることができます。
療養のために会社を休む期間が有給休暇の日数を超えることが見込まれる場合には、傷病手当金を受け取るほうがよいと言えるでしょう。
(2-2)有給休暇を後のために残しておきたい場合
有給休暇を後のために残しておきたい場合には、傷病手当金を受け取るほうがよいです。
例えば、他に有給休暇を使う予定がすでに立ててあり、有給休暇を使い切ってしまうと予定に支障が出るという場合などがあります。
(2-3)入社したばかりなどで有給休暇を使えない場合
そもそも使える有給休暇がないという場合には、傷病手当金を受け取るしかありません。
例えば、入社後6ヶ月経っていない場合には、通常はまだ有給休暇の権利を得ていません(会社独自のルールで入社当初から付与される場合などはあります)。
このほか、入社後6ヶ月以上経っているが有給休暇を全て使い切ってしまった場合なども、有給休暇を使うことができません。
これらの有給休暇を使えない場合には、傷病手当金を受け取るようにしましょう。
(2-4)連日長時間の残業をしてきた場合
連日長時間の残業をしてきた場合には、1日当たりのもらえる金額について見ると、傷病手当金のほうが有給休暇の給与よりも多くもらえることがあります。
傷病手当金は、「残業代も含めた総支給額に基づく標準報酬月額」を基に算出されます。
これに対して、有給休暇中の給与は、有給休暇中の残業はあり得ないため、「残業代を除いた基本給」に基づいて算出されます。
このことが原因で、傷病手当金のほうが有給休暇中の給与よりも多くもらえることがあるのです。具体例は次のとおりです。
基本給:30万円
残業代:16万円
休業した月の所定労働日数:20日
支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額:46万円
◆有給休暇を取得したとき
1ヶ月にもらえる金額は、基本給の30万円
◆待期3日間は有給休暇、27日間は傷病手当金を受け取ったとき
1ヶ月にもらえる金額は、次のとおり
有給休暇でもらえる額=30万円÷20日×3日=4万5000円
傷病手当金の額=46万円÷30日×3分の2×27日=27万6000円
合計=4万5000円+27万6000円=32万1000円
◆差額
差額=32万1000円-30万円=2万1000円
なお、有給休暇の給与には税金がかかる一方、傷病手当金は非課税であるため、実際の差額はこれよりもさらに大きくなります。
基本的に有給休暇を使うと傷病手当金はもらえない
有給休暇と傷病手当を同時に使ったほうが得なのではないですか?
残念ながら、基本的に有給休暇を使うと傷病手当金をもらうことはできないので、同時に使ったほうが得ということにはなりません。
有給休暇を使うと、通常どおり勤務したのと同じように扱われ、有給休暇期間中の給与ももらえます。
このため、傷病手当金の条件の一つである「休業した期間について給与の支払がないこと」を満たさなくなってしまうのです。
(1)例外的に有給休暇を使っても傷病手当金を受け取れる場合
例外的に、有給休暇を使っても傷病手当金をもらえる場合があります。
それは、有給休暇を取得したことによって得られる給与の金額が、傷病手当金の支給額よりも少ない場合です。
この場合には、「傷病手当金の額」と「有給休暇によって得られる給与の額」との差額を傷病手当金としてもらうことができます。
(2)待期期間については有給休暇を使える
傷病手当金の待期期間については、有給休暇を使うことができます。
待期期間として会社を休んでいる期間には、通常の勤務日に欠勤した日だけでなく、土日祝日などの休日や有給休暇を取得して休んだ日も入ります。
このため、通常の勤務日である待期期間について有給休暇を使えば、収入がない期間をなくすことができます。
【まとめ】基本的には、有給休暇を使ったほうがもらえる金額は多い
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 「傷病手当金」とは、業務外のケガや病気のために4日以上仕事に就くことができなかった場合に健康保険からもらうことができる給付。傷病手当金は、おおむね給与(総支給額)の3分の2の額をもらうことができる。
- 「有給休暇」とは、原則として一定期間勤続した労働者に対して付与され、給与を受け取りつつ休むことができる休暇。有給休暇取得時の賃金は、原則として通常通り休まずに働いた場合と同じだけの賃金をもらうことができる。
- 傷病手当金と有給休暇は、有給休暇を取得したほうがもらえる金額は多い。しかし、どれだけの期間休むのかということや、どのような状況で休みを取るのかということに応じて、傷病手当金をもらった方がいい場合もある。
- 基本的に有給休暇を使うと傷病手当金はもらえない。
ケガや病気で療養している間くらいはお金の心配をせずにいたいですよね。
有給休暇と傷病手当金のうち、自分の状況に合わせてお得なほうを選んで、お金の心配なくゆっくりと療養できるようにしましょう。
傷病手当金について疑問がある場合には、全国健康保険協会の相談窓口に相談してみてください。