「最高裁判決が出されて、国と原告らとの間で『基本合意書』が締結されたっていうニュースを見たんだけれど、『基本合意書』って何?」
建設アスベストに関する基本合意書は、建設アスベスト訴訟の原告団・弁護団と国との間で締結された建設アスベスト被害者に対する補償に関する基本的事項についての合意文書です。
本記事では、
- アスベストとは?
- 建設業におけるアスベスト被害が問題に
- 建設アスベスト訴訟とは?
- 基本合意書とは?
- 被害者に対して訴訟によらずに給付金を支給する法律が成立
について解説します。
アディーレ法律事務所
同志社大学、及び、同志社大学法科大学院卒。2009年弁護士登録。アディーレに入所後、福岡支店長、大阪なんば支店長を経て、2022年4月より商品開発部門の統括者。アディーレがより「身近な法律事務所」となれるよう、新たなリーガルサービスを開発すべく、日々奮闘している。現在、神奈川県弁護士会所属
アスベストとは?
そもそも、アスベストとはどのようなものなのでしょうか。
ここでは、アスベストの危険性とアスベストの種類について解説します。
(1)アスベストの危険性
アスベスト(石綿)とは、繊維状の天然鉱物の総称です。
アスベスト(石綿)は、ほぐすと綿のようになり、その繊維は極めて細かく、耐熱性、耐久性、耐摩耗性、耐腐食性、絶縁性等の特性に優れているため、様々な工業製品の原材料に使用されていました。
もっとも、アスベスト(石綿)は工業製品の原材料等として優れた特性を有している反面、人体に対する高い有害性を有しています。
アスベスト(石綿)の繊維は非常に細かいため、研磨機や切断機による作業や、吹き付け作業等を行う際に、所要の措置を行わないと用意に飛散、浮遊し、人体に吸引されやすく、人体にいったん吸引されると、肺胞に沈着し、その一部は肺の組織内に長期間滞留することになります。この肺に長期間滞留したアスベスト(石綿)が要因となって、肺がん、悪性中皮腫、石綿肺を引き起こすと考えられています。
(2)アスベストの種類
アスベスト(石綿)とは、繊維状鉱物の総称です。
アスベスト(石綿)には、以下の6種類のものがあります。
- クリソタイル(白石綿)
- クロシドライト(青石綿)
- アモサイト(茶石綿)
- アンソフィライト
- トレモライト
- アクチノライト
このうち、建材や摩擦材などの工業製品の原材料として使用されていたのは、主に、クリソタイル、クロシドライト、アモサイトの3種類です。クリソタイルは、ほとんどすべてのアスベスト(石綿)製品に使用されてきたもので、世界で使用されたアスベスト(石綿)の約9割以上を占めます。また、クロシドライトとアモサイトについては、主に、石綿吹付作業の原料として使用されてきました。
アスベスト(石綿)は繊維が細くて長いものほど人体に対する有害性高くなるといわれており、「クロシドライト>アモサイト>クリソタイル」の順で有害性が強いといわれています。WHOの報告書によれば、クロシドライトはクリソタイルにくらべて500倍の発がん性があり、アモサイトはクリソタイルにくらべて100倍の発がん性があるとされています。

建設業におけるアスベスト被害が問題に
アスベスト(石綿)は、耐熱性、耐久性、耐摩耗性、耐腐食性、絶縁性等の特性に優れているため、特に、建材の原料として重宝され、吹付材、保温材、断熱材、スレート材等の建材に多くのアスベスト(石綿)が使用されてきました。輸入されたアスベスト(石綿)の約8割は建材に使用されたとされます。
アスベスト(石綿)粉じんにばく露しても直ちに症状がでることは稀です。通常、一定期間の潜伏期間をはさんで症状がでます。例えば、石綿肺は、通常であれば約10年程度の潜伏期間を経て症状が発生するといわれており、悪性中皮腫にいたっては、40~50年と非常に長い潜伏期間を経て症状が発生することもあるといわれています。
このように、アスベスト(石綿)による被害は潜伏期間を経て発生するため、近年にいたってアスベスト(石綿)による被害が顕在化しています。例えば、中皮腫による死亡者総数は、1995年の500人から2013年の1410人と約3倍に増加しています。
建設業では、アスベスト含有建材が多く用いられていたことから、アスベスト含有建材を用いて建設作業に従事していた元建設作業員の健康被害が現在になって問題化しています。
建設アスベスト訴訟とは?
アスベスト(石綿)には前記のように人体に対する非常に高い有害性があり、アスベスト(石綿)含有建材を用いて作業に従事していた建設作業員らにアスベスト(石綿)被害が多発するようになりました。
このようなアスベスト(石綿)の有害性を知り又は知ることができたのに、建材メーカーはその有害性について十分な警告をせず、アスベスト(石綿)含有建材を製造・販売して利益を上げ続け、国もこれらに十分な規制も課しませんでした。
このような国と建材メーカーの責任を問うため、2008年に東京地裁で集団訴訟が提起され、これを皮切りに、横浜、京都、大阪、福岡、札幌、さいたま、仙台の各地の地方裁判所で同様の提訴がなされました。
そして、2021年5月17日、最高裁判所第一小法廷により、4つの建設アスベスト(石綿)訴訟(横浜訴訟、東京訴訟、京都訴訟、大阪訴訟)について、国及び建材メーカーの責任を認める判決が言い渡されました。
参考:最高裁判所第一小法廷 判決 令和3年5月17日(第1447号,第1448号,第1449号,第1451号,第1452号)|裁判所 – Courts in Japan
参考:最高裁判所第一小法廷 判決 令和3年5月17日(第491号,第495号)|裁判所 – Courts in Japan
参考:最高裁判所第一小法廷 判決 令和3年5月17日(第596号)|裁判所 – Courts in Japan
参考:最高裁判所第一小法廷 判決 令和3年5月17日(第290号,第291号,第292号)|裁判所 – Courts in Japan
基本合意書とは?

2021年5月18日、最高裁により国及び建材メーカーの責任を認める判決が言い渡されたことを受け、建設アスベスト(石綿)訴訟の原告団・弁護団等は、国との間で和解のための要件等を定めた基本合意書を締結しました。
参考:基本合意書|厚生労働省
この基本合意書とはどのようなものなのでしょうか。
(1)基本合意書の意義
建設アスベストに関する基本合意書は、建設アスベスト訴訟の原告団・弁護団と国との間で締結された建設アスベスト被害者に対する補償に関する基本的事項についての合意文書です。
最高裁判決では国側敗訴の判決が言い渡されましたが、この裁判で勝訴となった被害者の方々以外にも、同様の被害を被ったという方は大勢いらっしゃいます。このような同様の被害を被った方々に対する補償を迅速に行うことができるようにするために、基本合意書が締結されました。
(2)基本合意書の内容
建設アスベスト訴訟における基本合意書は以下のように構成されています。
第1 国から被害者及びその遺族らに対する謝罪
第2 令和3年5月17日以前に提訴された係属中の訴訟の和解
第3 令和3年5月17日時点で未提訴の被害者に対する補償
第4 アスベスト被害防止のための対策等について建設アスベスト訴訟全国連絡会との継続協議の約束
「第2」では、2021年5月17日以前に提訴された係属中の訴訟の原告については、原則として和解によって紛争を解決することが規定された上で、和解のための要件、和解金の金額等が定められています。
「第3」では、基本合意書で定められた和解要件や和解金額等を踏まえた上で、未提訴の被害者に対する補償を内容とする法律の成立に向けて、国は与党と積極的に協力する旨が約束されています。
被害者に対して訴訟によらずに給付金を支給する法律が成立
2021年6月9日、『特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律(以下、「給付金法」といいます。)』が成立しました。
給付金法は、建設業務に従事したことによってアスベスト(石綿)にばく露し、中皮腫や肺がん等の疾病にかかった方に対して、訴訟手続によらずに、最大1300万円の給付金を支給するというものです。
これまで、建設業務に従事したことによるアスベスト(石綿)被害について国の責任を問うためには、国を被告として損害賠償請求訴訟を起こす必要がありました。
給付金法の成立によって、このような損害賠償請求訴訟を起こすことなく、被害者の金銭的な救済が図られることとなります。
(1)給付金の要件
給付金の支給要件は、特定石綿被害建設業務労働者等であること、および、期間制限を経過していないことの2つです。

(1-1)特定石綿被害建設業務労働者等であること
『特定石綿被害建設業務労働者等であること』とは、労働基準法9条に規定される「労働者」やいわゆる一人親方等であって、特定石綿ばく露建設業務に従事することにより石綿関連疾病にかかったものをいいます(給付金法2条3項)。
【特定石綿ばく露建設業務について】
特定石綿ばく露建設業務については、給付金法2条1項に規定されています。
日本国内において行われた石綿にさらされる建設業務(土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊若しくは解体の作業若しくはこれらの作業の準備の作業に係る業務又はこれに付随する業務をいう。)のうち、以下の1、2の業務
- 石綿の吹付けの作業に係る業務(1972年10月1日~1975年9月30日までの間に行われたものに限る。)
- 屋内作業場であって厚生労働省令で定めるものにおいて行われた作業に係る業務※(1975年10月1日~2004年9月30日までの間に行われたものに限る。)
※屋内での石綿吹付作業に係る業務も含まれます
【石綿関連疾病について】
石綿関連疾病については、給付金法2条2項に規定されています。
石綿を吸入することにより発生する次に掲げる疾病
(ア)中皮腫
(イ)気管支又は肺の悪性新生物(肺がん)
(ウ)著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚
(エ)石綿肺(じん肺管理区分の管理2、管理3、管理4、またはこれに相当するものに限る)
(オ)良性石綿胸水
(1-2)期間制限を経過していないこと
給付金の請求には期間制限があります。そのため、期間制限を経過していないことも給付金の支給要件となります。
期間制限については、給付金法5条2項に規定されています。
[疾病] | [起算日] | |
(i) | じん肺管理区分管理2、管理3及び管理4と決定された石綿肺 | 管理区分の決定があった日から20年 |
(ii) | (i)以外の石綿関連疾病罹患者※ | 石綿関連疾病にかかった旨の医師の診断があった日から20年 |
(iii) | 死亡 | 死亡日から20年 |
※じん肺管理区分管理2以上の石綿肺に相当するものの、じん肺管理区分の決定を受けていない石綿肺の起算日ついては、(i)ではなく、(ii)となると考えられます。
(2)給付金額
給付金額については、『疾病の類型によって基本的な給付金額を算出→減額事由がある場合には減額』というプロセスで決定されます。
(2-1)基本的な給付金額について
給付金額については、給付金法4条1項に規定されています。
[疾病] | [金額] | |
(a) | じん肺管理区分管理2の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかっていない者 | 550万円 |
(b) | じん肺管理区分管理2の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかった者 | 700万円 |
(c) | じん肺管理区分管理3の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかっていない者 | 800万円 |
(d) | じん肺管理区分管理3の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかった者 | 950万円 |
(e) | 中皮腫、肺がん若しくは著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚にかかった者、じん肺管理区分管理4の石綿肺にかかった者若しくはこれに相当する者又は良性石綿胸水にかかった者 | 1150万円 |
(f) | (a)又は(c)により死亡した者 | 1200万円 |
(g) | (b)(d)(e)により死亡した者 | 1300万円 |
なお、遅延損害金及び弁護士費用については支給されませんので、注意が必要です。
(2-2)減額事由について
減額事由は、石綿ばく露期間による減額、喫煙習慣による減額の2つです。
【石綿ばく露期間による減額(給付金法4条2項)】
下記表の石綿ばく露期間を下回る場合には、100分の90に減額されます。
[疾病] | [石綿ばく露期間] |
肺がん又は石綿肺 | 10年 |
びまん性胸膜肥厚 | 3年 |
中皮腫又は良性石綿胸水 | 1年 |
減額後の給付金額は下記表のようになります。
[疾病] | [金額] | |
(a) | じん肺管理区分管理2の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかっていない者 | 495万円 |
(b) | じん肺管理区分管理2の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかった者 | 630万円 |
(c) | じん肺管理区分管理3の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかっていない者 | 720万円 |
(d) | じん肺管理区分管理3の石綿肺又はこれに相当する者で指定合併症にかかった者 | 855万円 |
(e) | 中皮腫、肺がん若しくは著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚にかかった者、じん肺管理区分管理4の石綿肺にかかった者若しくはこれに相当する者又は良性石綿胸水にかかった者 | 1035万円 |
(f) | (a)又は(c)により死亡した者 | 1080万円 |
(g) | (b)(d)(e)により死亡した者 | 1170万円 |
【喫煙習慣による減額(給付金法4条3項)】
肺がんにかかった特定石綿被害建設業務労働者等で、喫煙習慣がある者については、100分の90に減額されます。なお、石綿ばく露期間による減額事由も認められる場合、石綿ばく露期間による減額により算出された金額に、100分の90を乗じた金額が給付金額とされます。
[疾病] | [ばく露期間減額の有無] | [減額後の金額] |
肺がんによる死亡 | ばく露期間による減額なし | 1170万円 |
ばく露期間による減額あり | 1053万円 | |
肺がん | ばく露期間による減額なし | 1035万円 |
ばく露期間による減額あり | 931万5000円 |
(3)給付金は遺族でも請求することが可能
特定石綿被建設業務労働者等が死亡した場合、遺族が自己の名で給付金を請求することができます(給付金法3条2項)。
ただし、遺族が複数いる場合、給付金の支給を受けることができる遺族について順位付けがなされており、上位の順位の遺族がいる場合、下位の遺族は給付金の支給を受けることができません。
遺族が複数いる場合における、給付金の支給を受けることができる順位については、給付金法3条3項、同条4項に規定されています。
1位 | 配偶者(事実婚の配偶者を含む) |
2位 | 子 |
3位 | 父母 |
4位 | 孫 |
5位 | 祖父母 |
6位 | 兄弟姉妹 |
遺族が請求する場合について、注意点が2点あります。
まず1点目は、同順位の遺族が複数いた場合、1人の請求が同順位の遺族全員の請求とみなされるという点です。給付金法3条5項では、「給付金の支給を受けるべき同順位の遺族が二人以上あるときは、その一人がした請求は、その全額について全員のためにしたものとみなし、その一人に対してした支給は、全員に対してしたものとみなす」とされており、例えば、配偶者が存在せず、子が2人以上いる場合、複数の子のうち1人が給付金を請求した場合、子の全員が請求したものとみなされます。
2点目は、給付金の支給を受けることができる順位が民法の相続法の規定と若干異なっている点です。民法では、配偶者と子がいる場合、それぞれ法定相続人となり、2分の1ずつの法定相続分を有していることになります。給付金法では、配偶者の方が子よりも順位が上になっています。そのため、配偶者がいる場合には、たとえ子がいたとしても、給付金の請求権を有するのは配偶者のみということになります。
(4)給付金の受給手続きをお考えの方は弁護士に相談を
給付金の受給手続きは、個人でも行うことが可能です。
もっとも、給付金を受給するためには、要件を証明するための資料を提出する必要があり、どのような資料がこれに当たるのか、集めた資料で要件を証明できそうなのかといった判断には専門的な知識が必要になります。期間制限が迫っている場合には、速やかに請求することが必要になりますので、資料の収集も急ぐ必要があります。
この点、弁護士に依頼すれば、弁護士の関与の下、スムーズに資料の収集を進めることが可能です。
また、弁護士に依頼した場合の費用については、アスベスト訴訟の場合、相談料・着手金を無料として、報酬についても、賠償金(和解金)や給付金が支給された場合のみ(支給されない場合は報酬ゼロ)、支給された賠償金や給付金からお支払いいただくという形式をとっている事務所が多いです。そのため、実費の負担を除けば、経済的負担をかけることなく、弁護士に依頼して手続きを進めることが可能です。
以上から、建設アスベスト訴訟で給付金の受給手続きをお考えの方は、一度弁護士に相談されることをお勧めいたします。
【まとめ】建設アスベストに関する基本合意書は、原告団・弁護団と国との間で締結された建設アスベスト被害者に対する補償に関する基本的事項についての合意文書
本記事をまとめると以下のようになります。
- 建設業では、かつて多くのアスベストが建材に利用されていた。そのことが原因で、現在、元建設作業員のアスベスト被害が問題となっている
- 建設アスベスト訴訟とは、アスベスト含有建材を用いて建設作業に従事していた元建設作業員やその遺族が、国及び建材メーカーに賠償を求める訴訟をいう
- 2021年5月17日、建設アスベスト訴訟で初となる最高裁判決が言い渡され、国と建材メーカーの責任が認められた。
- 2021年5月18日、建設アスベスト訴訟の原告団・弁護団と国との間で、建設アスベスト被害者に対する補償に関する基本的事項について定めた基本合意書が締結された
- 2021年6月9日、『特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律』が成立したことによって、建設アスベスト(石綿)被害者は、裁判を起こすことなく、最大1300万円の給付金の支給を受けることが可能となった
- 給付金の要件は、「特定石綿被害建設業務労働者等であること」と「請求期間を経過していないこと」の2つ
- 被害者がすでに亡くなっていても、遺族による請求が可能
- 給付金額は、疾病の種類によって異なり、495万~1300万円となる
- 石綿ばく露期間、および、(肺がんの場合)喫煙習慣による減額がある
アディーレ法律事務所では、アスベスト(石綿)被害に悩まれておられる方を一人でも多く救いたいとの想いから、アスベスト(石綿)被害についてのご相談もお待ちしております。
アスベスト(石綿)被害にあわれた方またはそのご遺族は、アディーレ法律事務所にお気軽にご相談ください。