働き方が多様化している昨今、職種によっては、残業代が固定されているケースは少なくないようです。
固定残業代を「月40時間」に設定しているケースも多いようですが、この「月40時間」というのは、固定残業時間の設定として適正といえるのでしょうか。
長すぎるとはいえないでしょうか。
そもそも、違法ということはないのでしょうか?
今回は、月40時間の固定残業代制というケースを例にとって、残業代の正しい計算方法も踏まえながら、残業時間の違法・合法を決めるラインや、適正な残業時間の設定について、検討していきましょう。
中央大学卒、アディーレ入所後は残業代未払いの案件をメインに担当し、2018年より労働部門の統括者。「労働問題でお悩みの方々に有益な解決方法を提案し実現すること」こそアディーレ労働部門の存在意義であるとの信念のもと、日々ご依頼者様のため奮闘している。東京弁護士会所属。
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固定残業代40時間分は多いのか?
まずは、固定残業代40時間分は多いのか、そもそも違法ではないのか、という点について解説していきます。
(1)固定残業代40時間分は違法ではない
「固定残業代制」とは、実際の労働時間にかかわらず、毎月固定された一定額の残業代を支払う制度のことをいいます。
法律上、時間外労働の上限は原則として月45時間とされています。
したがって、固定残業代制を導入している場合に、その内容として、あらかじめ40時間分の残業時間を想定して残業代を設定することは違法ではありません(労働基準法36条3項、4項)。
3項 前項第4号の労働時間を延長して労働させることができる時間は、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る。
引用:労働基準法36条
4項 前項の限度時間は、一箇月について45時間及び1年について360時間(第32条の4(1年単位の変形労働時間制)第1項第2号の対象期間として三箇月を超える時間を定めて同条の規定により労働させる場合にあっては、一箇月について42時間及び1年について320時間)とする。
なお、固定残業代制を導入するには、導入する旨を就業規則に明記して周知する必要があり、そこでは、基本給と固定残業代の部分が明確に区別されていなければなりません。
また、固定超過部分について割増賃金を払う旨を明示することも必要となります。
(2)平均的な残業時間
平均的な残業時間は、厚生労働省が発表している「労働統計要覧」の資料によって算出することができます。
この表(D-1 実労働時間数(調査産業計))によれば、令和元年度のデータでは、従業員数が5〜29人の企業でいえば、1ヶ月あたりの総実労働時間の平均値が139.1時間、所定内労働時間の平均値が128.5時間となっていますので、前者から後者を差し引くことで、1ヶ月あたりの平均残業時間は10.6時間であるということが分かります。
同様に、従業員数30人以上の企業での1ヶ月平均のデータを見ますと、総実労働時間が144.5時間、所定内労働時間が132.1時間ですので、平均残業時間は12.4時間ということになります。
これからすると、固定残業時間の設定が40時間というのは長い印象を受けます。
また、この厚生労働省の統計は雇用主から収集した残業時間のデータを基にしたものです。
労働者を対象にしたアンケートの中には、残業時間が20時間を超えていたり、40時間を超えていたりするようなものもありますので、この統計が労働現場の実態を正確に反映しているといえるかどうかについては、慎重な判断が必要でしょう。
(3)残業が40時間を超えた場合は別途残業代の支払いが必要
固定残業代制においては、固定残業代に対応するものとして想定された残業時間を超過して労働した場合には、別途残業代の支払いが必要となります。
したがって、毎月の固定された残業代に対応する残業時間が40時間であった場合には、月40時間を超過して労働すると、別途残業代が発生することになります。

残業代の計算方法
それでは、残業代の計算方法について解説していきましょう。
(1)基本的な残業代の計算方法
残業代を計算するにあたっては、「1時間当たりの賃金×時間外労働時間×割増率(1.25)」が基本的な計算式となります。
「1時間当たりの賃金」は、月給制の場合、「月の所定賃金額(基礎賃金といわれます)÷1ヶ月の平均所定労働時間」という式によって計算します。
1ヶ月の平均所定労働時間は、年間の休日数などによって変化するため、会社の就業規則などで確認しましょう。
また、「1時間当たりの賃金」を算出するにあたっては、労働と直接的な関係が薄く、個人的な事情に基づいて支給されている諸手当については、全体の「月の所定賃金額(基礎賃金)」から除外して計算します。
どのような手当が割増賃金の基礎となる「月の所定賃金額(基礎賃金)」から除外されるかについては、労働基準法及び労働基準法施行規則に明記されています。
第1項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
引用:労働基準法37条5項
法第37条第5項の規定によって、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第1項及び第4項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
引用:労働基準法施行規則21条
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
(2)残業時間が40時間を超過する場合の計算方法
固定残業代に対応する残業時間が40時間のとき、実際の残業時間が40時間を超過した場合には、超えた部分に対して別途残業代が支払われることになります。
例:基礎賃金が月給18万円、固定残業代5万円(40時間分)、1ヶ月の実残業時間50時間、1ヶ月の平均所定労働時間180時間の場合
→1時間あたりの賃金は1000円(18万円÷180時間)となり、実残業時間から計算した残業代が「1000円×50時間×1.25=6万2500円」となるため、固定残業代5万円との差額「1万2500円」が別途支給されます。
固定残業代制で働く際の注意点
それでは、固定残業代制で働く際の注意点について解説していきましょう。
(1)36協定を締結していない残業は違法
まず大前提として、労働基準法36条に基づく労使間の協定、いわゆる36協定(サブロク協定)を結んでいない状態で残業(時間外労働)や休日労働をさせるのは、労働基準法36条に反しますので違法となります。
また、たとえ36協定を結んでいても、残業時間には上限規制があります。
原則として、残業時間の上限は1ヶ月45時間・1年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができません。
臨時的な特別の事情がある場合には、労使の合意のもとで特別条項を締結することができますが、その場合でも、以下のような制限を守らなければなりません。
- 時間外労働が「年間720時間」以内
- 時間外労働と休日労働の合計が「月100時間」未満
- 時間外労働と休日労働の合計について、「2ヶ月平均」「3ヶ月平均」「4ヶ月平均」「5ヶ月平均」「6ヶ月平均」のすべてが、1ヶ月あたり「80時間」以内
- 時間外労働が月45時間を超える回数が、1年のうち6ヶ月以内
(2)就業規則や雇用契約書に固定残業代制に関する規定が明記されていなければならない
企業が固定残業代制を採用する場合は、固定残業代が給与に含まれていることを就業規則や雇用契約書に明記する必要があります。
(3)固定残業代の条件が明確になっているか
企業が固定残業代制を採用している場合には、「固定残業代として支払われる残業代の金額」「固定残業時間」「超過した残業代は別途支給する旨」を、いずれも就業規則や雇用契約書に明記する必要があります。
また、給与明細、就業規則や雇用契約書において、基本給部分と固定残業代部分とがそれぞれ明確に区別されている必要があります。
固定残業代制で未払いの残業代があった場合
それでは、固定残業代制で未払いの残業代があった場合にとるべき対応について解説していきましょう。
(1)未払いの残業代がある証拠を集める
まず、残業が発生しているという証拠を集める必要があります。
集める証拠の例としては、勤怠を記録したデータ(タイムカード、タコグラフ(トラック運転手などの方)、日報、web打刻ソフトのスクリーンショット、出勤簿など)、給与明細書、就業規則の写し、雇用契約書、労働条件通知書などがあります。
(2)未払い残業代の金額を計算する
その上で、未払い分の残業代を計算します。
集めた証拠などを参考にして、未払い分の残業代は「正確」に計算するよう注意しましょう。
(3)会社へ残業代を請求する
会社への残業代の請求は、残業代の未払いがあることの通知書に加え、未払い残業代の計算書を添付して提出することによって行います。
書面を郵送する際は、内容証明郵便を利用すると、必要な書類を郵送したという証拠を残すことができます(配達証明の場合には、文書の内容までは証明されません)。ただし、未払い残業代の計算書は内容証明郵便では送れないので、別送する必要があります。
(4)会社と交渉する
残業代について会社側と交渉を行います。
交渉の結果、合意が成立した場合には、「支払いの金額」「支払期日」「支払方法」を明確にした合意書を作成し、合意内容を書面に残しておきましょう。
交渉が決裂してしまった場合には、裁判や労働審判になることもあります。
(5)残業代は時効成立前に請求する必要がある点に注意
未払いの残業代請求にあたっては、残業代請求権が時効を迎える前に請求する必要がある点に注意が必要です。
残業代の時効時期は次の通りとなっています。
- 2020年3月までの残業代は「請求できる時期が来てから2年間」
- 2020年4月以降の残業代は「請求できる時期が来てから3年間」
(法改正直後のため、経過措置として当分の間は3年間とされていますが、将来的に5年に延長するとされています)
残業代請求を口頭または書面で伝えると、一時的に時効を停止させることができます。
ただし口頭では証拠が残らず、ほぼ意味がないため、内容証明郵便で支払いの催告(相手方に対して一定の行為を要求すること)をすべきでしょう。
【まとめ】未払い残業代でお悩みの方はアディーレ法律事務所にご相談ください
会社が固定残業代制を採用していた場合に、給与に40時間分の固定残業代が含まれることは違法ではありません。
もっとも、上記のように計算して算出された実際の残業代が、固定残業代を超えていたときは、超過分の残業代の支払いが必要となりますので、労働者としてはしっかりと請求をしておくべきでしょう。
未払いの残業代請求についてお悩みの方は、アディーレ法律事務所にご相談ください。
