自分の意思に反して配偶者が家を出て別居が始まったというのに、婚姻費用を請求されたら、「勝手に家を出たのに!?婚姻費用なんて払いたくない!」
そんな気持ちになるかもしれません。
しかし、法律上、夫婦がその負担能力(収入の大小等)に応じて、婚姻費用を分担する義務を負っています。
別居をしていたとしても、法律上の夫婦であるかぎり、収入などを多く得ている側が、婚姻費用を支払う必要があるのです。
また、婚姻費用を支払わない場合、離婚調停などにおいて不利になる可能性があります。
この記事を参考に、不利な事態に陥らないよう対策を立てましょう。
この記事を読んでわかること
- 婚姻費用とは
- 婚姻費用についてよくある疑問
- 婚姻費用を請求されたときの注意点

慶應義塾大学卒。大手住宅設備機器メーカーの営業部門や法務部での勤務を経て司法試験合格。アディーレ法律事務所へ入所以来、不倫慰謝料事件、離婚事件を一貫して担当。ご相談者・ご依頼者に可能な限りわかりやすい説明を心掛けており、「身近な」法律事務所を実現すべく職務にまい進している。東京弁護士会所属。
婚姻費用とは
同居か別居かにかかわらず、婚姻期間中の生活に必要となる費用は、婚姻費用として夫婦が各自の収入に応じて分担しなければなりません(民法第752条、同第760条)。
婚姻費用とは、夫婦の婚姻期間中、夫婦と未成熟の子(一般的には社会的・経済的に自立していない子ども)が、その収入・財産・社会的地位などの事情に応じた通常の社会生活を送るために必要な生活費のことです。
具体的には衣食住に関する費用、未成熟の子の生活費、医療費などが含まれます。
婚姻費用について、結婚当初からお互いの分担分を決める夫婦もいますが、多くの場合、婚姻費用が問題となるのは、夫婦仲が良くない状態になり離婚を考えはじめたり、別居しはじめたりしたときです。
別居している場合であっても、婚姻費用の分担を求めることができます。
ただし、別居に至った原因が主に権利者(婚姻費用請求者)にある場合(不倫した挙句、一方的に家出した場合など)、権利者自身の分の婚姻費用分担請求は信義則に反する、または権利濫用であると考えられています。
このような場合は、権利者が現に監護している未成熟子の養育費相当分に限って請求することができるとされています。
また、婚姻費用の支払い義務は、請求されたときから生じ、過去にさかのぼって支払う必要はないというのが現在の一般的な考え方とされています。
婚姻費用を支払わないと不利になる?
では、婚姻費用を支払わないと、何か不利益が生じるのでしょうか。
婚姻費用を請求されたにもかかわらず支払わないでいると、その後の調停や裁判で不利になる可能性があります。
既に説明したように、夫婦は相互に助け合う義務があり、正当な理由もないのに適正額の婚姻費用を渡さない場合「悪意の遺棄」とみなされる可能性があるのです。
「悪意の遺棄」というのは、夫婦の義務違反として慰謝料請求されるおそれがあるほか、民法に規定された法定離婚事由でもあります。つまり、婚姻費用を支払わないことをもって、法定離婚事由に該当する可能性があるため、たとえあなたが離婚を望まなくとも、裁判になれば離婚が成立する可能性が高くなってしまいます。
それに加え、離婚の際に慰謝料を請求される可能性もあるのです。
ただし、次に説明するように、婚姻費用の請求が認められないケースや、減額が認められるケースもあります。
婚姻費用の支払いに関してよくある質問
婚姻費用の支払いを請求された方から、次のような質問が寄せられることがあります。
具体的に見ていきましょう。
(1)相手に別居の原因があっても支払わないといけないのか
例えば別居に至った原因が、配偶者の不倫やDVなどであった場合に、その配偶者からの婚姻費用請求であっても支払わなければならないのか、という質問があります。
そもそも婚姻費用の分担は、夫婦の扶助・協力義務に基づくものです。
一方で不倫(不貞行為)は夫婦が相互に負う貞操義務違反行為であり、不倫やDVは婚姻共同体を破壊する行為です。
不倫(不貞行為)やDVをはたらきながら婚姻費用を請求するのは、自分は夫婦の義務を破りながら、相手には夫婦としての義務を果たさせようとしていることになります。
したがって、調停や裁判では、このような勝手な言い分は通らず、信義則違反や権利濫用とみなして、請求が認められなかったり、または減額されたりすることになるのです。
もしも別居の原因を作った側の配偶者から婚姻費用を請求されているなら、「相手が夫婦の義務に違反しているため婚姻費用は支払わない」旨主張することが考えられます。
ただ、本当に『相手が別居の原因を作った』と言えるかどうかは、弁護士などの専門家に相談した上で判断した方が良いでしょう。
『相手が別居の原因を作った』と客観的に評価できない場合には「言いがかりをつけて婚姻費用を支払わなかった」ものとして、調停や裁判で不利になる可能性があります。
なお、子どもの分の生活費については、仮に配偶者の不倫やDVが原因で別居に至っていた場合であっても、支払うべきとするのが一般的な考え方です。
(2)相手が勝手に家を出ていった場合にも支払わないといけないのか
あなたが別居を望んでいないにもかかわらず、配偶者が勝手に家を出て行った場合にも婚姻費用を支払わなければならないのでしょうか。
夫婦には同居義務もあるため、配偶者が正当な理由なく家を出ていき、長い間帰ってこない場合は、出て行った配偶者の側に「悪意の遺棄」があったものと判断される場合があります。
その場合は、夫婦の義務に違反しているのは出て行った側ですから、出て行った配偶者からの婚姻費用の請求が認められない、または減額される可能性があります。
一方的に家を出ていった配偶者から婚姻費用を請求されたのであれば、「相手が夫婦の義務に違反しているため婚姻費用は支払わない」旨主張することが考えられます。
しかし、この場合もやはり客観的な視点は大切です。
あなたが「相手が勝手に出て行った」と思っていたとしても、話を聞いた裁判官などの第三者がそう判断するとは限りません。
夫婦の同居義務について詳しくはこちらの記事をご覧ください。
例えば自分では許されると考えていた程度の言葉や態度が、「乱暴な言葉遣い」「暴力」などと評価され、それから逃れるために配偶者が出て行った、と評価される可能性も否定できないのです。
万が一そのように取られてしまうような状況において婚姻費用の不払いがあれば、やはり調停や裁判において不利になりかねません。
客観的にどちらに責任があるかどうかは、弁護士等の専門家に相談し意見を聞いた方が良いでしょう。
なお、「相手が勝手に家を出た」という場合であっても、子どもの分の生活費については支払わなければならないというのが一般的な考え方です。
(3)過大な金額を請求された場合はどう対処すべきか
婚姻費用として請求された額が高額過ぎると思う場合にはどうすれば良いのでしょうか。
婚姻費用は必ずしも請求者の「言い値」で支払わなければならないというわけではありません。
婚姻費用は通常、夫婦間の話し合いによって決めるものです。
もっとも、一応の相場はありますから、あまりに相場を考慮しない過大な請求である場合には、提示額にその場で合意せず、交渉してみると良いでしょう。
実際に支払われている婚姻費用は、司法統計によると下のグラフのようになります。

※司法統計年報26家事編令和2年度のデータに基づきます。
※婚姻関係事件のうち認容・調停成立の内容が「婚姻継続」で、婚姻費用・生活費支払の取り決めがなされた場合で、かつ月払いする場合のデータです。
※%=小数点第二位以下四捨五入
また、婚姻費用計算の目安として、裁判所が公表している、夫婦の収入や子の人数・年齢に応じた算定表がありますので、参考にしてみて下さい。
参考:平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について|裁判所 – Courts in Japan
相場についての資料を出すことにより、双方が納得しやすく婚姻費用の調整がスムーズに進む可能性が高まります。
婚姻費用を請求されたときの注意点
配偶者から婚姻費用を請求された場合には、次の3点にご注意ください。
(1)請求金額の妥当性を確認する
まずは、請求されている金額が相場と比べて妥当といえるかを確認することが大切です。
参考:平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について|裁判所 – Courts in Japan
子どもの人数と年齢に合った表を選び、婚姻費用を支払う側の年収(縦軸)と受け取る側の年収(横軸)が交わるところを見ると婚姻費用の相場を確認できます。
年収は、給与所得者の場合は源泉徴収票の「支払金額」をご確認ください。自営業者の場合は確定申告書の「課税される所得金額」が一応の目安になりえます。
法律事務所などのホームページで婚姻費用が計算できるところもあります。
(2)家庭裁判所から呼び出しがあれば応じる
婚姻費用の支払いを拒んだり、請求額よりも少ない額しか支払わなかったりした場合、配偶者が「婚姻費用分担請求の調停」や「離婚調停」を申し立てる可能性があります。
調停が申し立てられた場合、家庭裁判所から呼び出しがあります。
この呼び出しを無視すると、調停後の離婚裁判などで不誠実な態度であると評価され、不利になるおそれがありますので、きちんと応じるようにしてください。
(3)請求に納得できないときは弁護士に相談する

婚姻費用の請求に納得できない場合、弁護士に相談して今後の対応についてアドバイスをもらうと良いでしょう。
配偶者が不倫をしている場合などは、慰謝料請求についても一緒に相談することができます。婚姻費用を支払わなければならない場合と言えるか、減額が可能か、慰謝料を請求することはできるか、その判断はあなたの置かれている状況によっても異なります。
お困りの際は、離婚や婚姻費用についての経験が豊富な弁護士に相談することをご検討ください。
【まとめ】婚姻費用を支払わないと不利になるおそれあり!請求されてお悩みの方は弁護士に相談を
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 婚姻費用とは、夫婦とその未成熟の子が通常の社会生活を維持するために必要とする生活費
- 原則として、法律上の夫婦でいるかぎりは婚姻費用を分担しなければならず、通常の場合は収入などが多い側が婚姻費用を支払う
- 婚姻費用を請求されたのに支払いを拒否すると、その後の調停や裁判で不利になるおそれがある
- 請求側の配偶者に別居の原因がある場合など、婚姻費用の請求が認められなかったり婚姻費用が減額されたりするケースもある
婚姻費用に関するお悩みは、家事事件を取り扱っている弁護士にご相談ください。