婚姻費用とは、簡単に言うと、夫婦の一方が他方に支払う生活費のことです。
夫婦が同居している場合には、通常は話し合いにより生活費を分担し合っているのであまり問題になりません。しかし、別居を考えている方にとって、婚姻費用の具体的な金額や請求手続きは非常に重要な問題です。
この記事では、婚姻費用の基本的な概念から、算定表の見方、請求方法、そしてよくある質問まで、詳しく解説します。経済的な安定を確保し、子の生活環境を守るために、ぜひ参考にしてください。
この記事を読んでわかること
- 婚姻費用の基本
- 婚姻費用算定表の見方
- 婚姻費用算定表を使ったシミュレーション
- 婚姻費用を請求する方法
- 婚姻費用についてよくあるQ&A
ここを押さえればOK!
婚姻費用の金額は、実務では、裁判所が公表している婚姻費用算定表を参考にして決められます。夫婦の収入や子供の年齢・人数に応じて異なる算定表があるので、自分の状況にあった算定表を利用して計算します。支払い期間は、通常、請求時(調停申立時)から離婚成立(又は同居再開)までです。
請求方法には、話し合い、内容証明郵便の送付、調停の申立ての3つがあります。話し合いで解決できない場合は早めに調停を申し立てるようにしましょう。
勝手に別居した場合でも婚姻費用は発生しますが、婚姻関係破綻に明らかな責任がある側からの請求は認められないことがあります。仮に、別居した配偶者が子どもに会わせていなくても、生活保持義務は免れませんので、婚姻費用を支払う必要があります。
婚姻費用は途中で変更できることがありますが、調停や審判で決まった場合には、その当時予測できなかった相当程度の事情変更が必要です。
婚姻費用については、早めの対応が自身と子供の生活を守るために重要です。
慶應義塾大学卒。大手住宅設備機器メーカーの営業部門や法務部での勤務を経て司法試験合格。アディーレ法律事務所へ入所以来、不倫慰謝料事件、離婚事件を一貫して担当。ご相談者・ご依頼者に可能な限りわかりやすい説明を心掛けており、「身近な」法律事務所を実現すべく職務にまい進している。東京弁護士会所属。
婚姻費用とは?費用に含まれるものと支払い義務
夫婦には、お互いの生活を同じ程度に維持する生活保持義務があります。具体的には、収入などの生活費負担能力に応じて、生活費を分担する義務(生活保持義務)があります。
この生活費のことを、「婚姻費用」といいます(民法第760条)。
民法第760条
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
婚姻費用には、食費、住居費、教育費、医療費などが含まれます。
婚姻費用の支払い義務は、夫婦が不仲であっても、別居していても、婚姻関係にある限り発生します。
(1)婚姻費用を請求できるケース
婚姻費用はどのような場合に請求できるのか、主に2つのケースがありますので説明します。
(1ー1)同居中、収入の多い側が生活費を家にいれない場合
同居していて、話し合いで生活費を負担しあっている限り、婚姻費用について問題になるときはあまりありません。
ただし、同居中でも生活費をもらえないとか、もらえる生活費が少なすぎる(いわゆる経済的DV)という場合には、婚姻費用が問題になることがあります。
例えば、妻が専業主婦で、夫には一定の収入があるにもかかわらず、家賃も負担しなければ、生活費も全く家に入れないというような場合には、妻は婚姻費用を請求することができます。
(1ー2)別居した場合・別居して子供を育てている場合
婚姻費用は、離婚を前提とした別居などで「相手からきちんと生活費をもらいたい」「別居しているからあまり生活費を払いたくない」という場合に、当事者の利益が対立する際に、問題になることが多いです。
例えば、妻が子どもと共に別居し、夫と離れて生活している場合、双方の生活費負担能力に応じて、妻は夫に対し、夫は妻(子ども含む)に対し、婚姻費用を支払う義務があります。
このような場合、多くのケースでは夫の方が収入は多いので、妻から夫に対して婚姻費用を請求するという形になります。
(2)婚姻費用の請求が認められないケース
次に、婚姻費用の請求が認められないケースを説明します。
(2ー1)離婚した場合
婚姻費用の請求は、あくまで婚姻している夫婦間で生じる生活費をどう分担するかという問題です。離婚した後はもう夫婦ではありませんので、請求することができません。
離婚後に子どもを監護(養育)する場合には、元配偶者に対して養育費(子どもに関する生活費)を請求することはできます。しかし、自分についての生活費(婚姻費用)を請求できる権利はないのです。
ただし、夫婦の合意により、離婚後も一定期間まとまったお金を渡すということはあります。これは、夫婦の合意によるお金としての請求であって、婚姻費用として請求できるわけではありません。
(2ー2)自分が婚姻関係破綻について責任があることが明白な場合
実務では、婚姻関係が破綻して別居に至った有責性が明白な場合には、有責者からの請求は権利濫用として認められないことがあります。
有責性が明白な場合の典型例は、不貞行為の客観的証拠がある場合です。例えば、妻が不貞行為をして婚姻関係が破綻して別居した場合、不貞行為を示す証拠がある場合には、妻からの婚姻費用の請求が認められないことがあります。
この場合、妻が子どもを連れて別居しているとどうなるでしょうか。子どもの養育費相当額の請求は認められますが、本人の生活費分の請求は認められないことになります。
(2ー3)相手よりも収入が高い場合
請求したいと思っても、相手よりも収入が高い場合、婚姻費用の請求が認められないことがあります。
例えば、夫婦が別居し(子どもなし)、妻が夫よりも高収入である場合、妻が夫に婚姻費用を請求することは難しいです。逆に、夫が妻に対して婚姻費用を請求できる立場にあるためです。
(3)婚姻費用の支払い義務はいつまで?
婚姻費用の支払い義務は、基本的に夫婦が婚姻関係にある限り続きます。
離婚を前提として別居している場合でも、実際に離婚が成立するまでの間、基本的に収入が多い方は、少ない方に対して婚姻費用を支払う義務があります。
離婚するとなると、相手から財産分与や慰謝料などを受領できることがありますが、一時的なものであり、基本的に、将来にわたって元配偶者から金銭を受け取ることができる権利はありません。
しかし、婚姻費用は、婚姻している限り、不仲であっても別居していても、請求することができますし、相手にも支払い義務があります。
いつからいつまで払ってもらえる?婚姻費用の支払い期間
実務において、婚姻費用の支払いが認められる期間は、申し立てた時点から離婚成立又は同居再開までの間です。
婚姻費用の支払いが認められる始期は「別居した時」ではなく、「請求時」とされることに注意が必要です。
特に、話し合いで婚姻費用が合意できず、調停・審判を申し立てるときには、申立時が「請求時」とされ、請求時以前の過去に遡及して支払いを認めてもらうことは難しくなります。
例えば、2024年8月1日に別居を開始し、夫婦で話し合ったが婚姻費用について合意ができず、婚姻費用をもらえないまま、妻が2024年12月1日に調停を申し立てたとします。この場合、調停では申立時である12月1日からの婚姻費用の支払い義務を認めることが多いです。
そうすると、8月1日から11月末までの婚姻費用はもらえないことになってしまいます。
請求する側としては、相手が婚姻費用の支払いを拒否したり、話し合いで金額に合意できなかったりする場合には、話し合いを長引かせることなく、すぐに調停を申し立てる必要があります。
婚姻費用算定表の見方と計算シミュレーション
婚姻費用算定表は、裁判所が公表している、婚姻費用の具体的な金額を計算するためのツールです。
実務でも、ほぼこの算定表を利用して婚姻費用を計算しています。これを用いることで、双方の収入などに基づいた適正な婚姻費用を迅速に算出することができます。
算定表の見方を理解することで、感情的になることなく、相手と冷静に話をすることができるでしょう。また、もし相手が支払を渋ったとしても、「裁判所が公表している数字だ」「実際に裁判所を通してもこの算定表が利用される」などと、説得材料として利用することができるでしょう。
婚姻費用算定表は、以下の裁判所のホームページからダウンロードすることができます。プリントアウトして手元に置いておくと、参照しやすいでしょう。
参考:平成30年度司法研究(養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について|裁判所 – Courts in Japan
(1)婚姻費用算定表の見方
次に、婚姻費用算定表の具体的な見方を説明します。
(1-1)算定表を使えるケースか見極める
婚姻費用算定表は、非常に便利なツールですが、使えないケースもあります。
例えば、婚姻費用の算定表は別居を前提として作られていますので、同居の場合にそのまま利用することはできません。
また、婚姻費用算定表は、複数のこどもがいるときは、同じ親が子ども全員を監護(養育)する前提で作られていますので、例えば第1子は父親が監護(養育)し、第2子と第3子は母親が監護(養育)するというケースではそのまま利用することはできません。
(1-2)正しい表を選ぶ
算定表には、養育費算定表と婚姻費用算定表があります。
表1~表9までが養育費の算定表、表10~表19までが婚姻費用の算定表です。
離婚せず婚姻費用を請求する場合には、表10~表19までの婚姻費用の算定表を利用します。
婚姻費用の算定表には、夫婦の収入や子どもの年齢、人数に応じた複数のバリエーションがあります。
まず、自分の状況に合った正しい表を選ぶことが重要です。自分の状況と違う表を利用しないように注意しましょう。
(1-3)それぞれの収入をあてはめる
次に、選んだ算定表にそれぞれの収入をあてはめます。
この収入は、直近の年度を用います。給与所得者であれば、最新の源泉徴収票、自営業者であれば、最新の確定申告書を参照して金額を確認します。
請求する側(収入の低い側)は横軸の収入に当てはめます。一方、支払う側(収入の高い側)は縦軸の収入に当てはめます。このようにして算定した夫と妻の年収の交差するポイントを確認します。このポイントが、月々の婚姻費用の目安となります。
(2)算定表で計算した場合のシミュレーション
実際に、どれくらいの養育費がもらえるのか、架空の事例でシミュレーションしてみます。
(2-1)夫婦のみの場合
別居した夫婦で子どもがいない場合、表10の算定表を用いて婚姻費用を計算します。
例えば、夫の年収が600万円(給与所得者)、妻の年収が100万円(給与所得者)の場合だと、婚姻費用の目安は8~10万円です。
(2-2)子ども2人の場合(第1子及び第2子が0~14歳)
子どもが2人で、第1子及び第2子が0~14歳の場合、表13の算定表を用いて婚姻費用を計算します。
例えば、夫の年収が700万円(給与所得者)、妻の年収が200万円(給与所得者)の場合だと、婚姻費用の目安は14~16万円です。
参考:(表13)婚姻費用・子2人表(第1子及び第2子0~14歳)|裁判所
(3)婚姻費用の相場
2020年(令和2年)の司法統計によれば、婚姻費用を取り決めたケースで、婚姻費用の支払額の月額は、15万円以下が最多です。
具体的には、裁判所で婚姻費用の取り決めのあった総数は9838件で、金額ごとの件数は次の通りとなっています。
月額 | 件数 |
---|---|
2万円以下 | 589件 |
3万円以下 | 490件 |
4万円以下 | 595件 |
6万円以下 | 1467件 |
8万円以下 | 1455件 |
10万円以下 | 1292件 |
15万円以下 | 2207件 |
20万円以下 | 917件 |
30万円以下 | 521件 |
30万円を超える額 | 274件 |
額不定 | 4件 |
参照:第26表 婚姻関係事件のうち認容・調停生活費支払の取決め有の件数|裁判所
2万円以下の件数も589件あり、あまり高い金額はもらえないという印象もあるかもしれません。
実際にいくらもらえるかは、夫婦の収入や子どもの数、年齢などの事情を考慮したうえで判断されます。
婚姻費用を請求する3つの方法
婚姻費用を請求する方法は主に3つあります。これらの方法を理解し、適切に実行することが、別居後の経済的な安定、子どもの生活の確保につながります。
(1)話し合いで請求する
話し合いで婚姻費用を請求する方法は、最もシンプルで迅速な手段です。夫婦間で直接話し合い、合意に達することで、手間や費用を省くことができます。
【メリット】
- 迅速に解決できる
- 裁判所に申し立てるなどの法的手続きが不要
- 費用がかからない
【デメリット】
- 合意に達しない場合がある
- 感情的な対立が生じる可能性がある
合意できれば、婚姻費用算定表より高くても低くても問題はありません。
ただし、もらう方と支払う方では利害が対立するので、高かったり低かったりすると双方の感情的な対立にもつながります。婚姻費用算定表を利用した数字であれば、双方納得しやすいでしょう。
合意できたら、後々の争いを防止するためにも、合意内容はきちんと書面に残すようにします。
(2)内容証明を送付して請求する
内容証明郵便を利用して婚姻費用を請求する方法は、話し合いが難しい場合に有効です。
話し合いには応じなくても、書面での請求を受ければ真摯に応じるという人も一定数いるためです。
内容証明郵便の作成にはルールがありますので、自分で対応することが難しいと感じる方は、弁護士に請求を依頼することも検討するとよいでしょう。
【メリット】
- 話し合いが難しい相手にも請求内容を明確に伝えられる
- 請求したことについて法的な証拠として利用できる
【デメリット】
- 相手が受領を拒否したり、受け取っても無視する可能性がある
- 感情的な対立が深まる可能性がある
ただし、婚姻費用を請求できるのは、実務では調停の申立時とされていますので、交渉に時間をかけていると、婚姻費用を受け取れない期間ができてしまいます。
話し合いや書面での交渉ですぐに合意できない場合には、なるべく早く次の調停を申し立てる方法を検討するようにしましょう。
(3)婚姻費用分担請求調停を申し立てる
婚姻費用分担請求調停を家庭裁判所に申し立てる方法は、話し合いや内容証明郵便で解決できない場合に有効です。調停委員が間に入り、双方から事情を聞いたうえで、公正な解決を図ります。
【メリット】
- 公正な第三者が介入する
- 合意ができれば調停が成立し、調停調書に従い婚姻費用を請求できる
- 合意できなければ自動的に審判に移行し、裁判所が婚姻費用を決定してくれる
【デメリット】
- 時間と費用がかかる
- 口頭や手紙での交渉に比べると手続きが複雑
婚姻費用に関するQ&A
婚姻費用に関するよくあるQ&Aを紹介します。
(1)勝手に別居した場合でも婚姻費用は発生する?
勝手に別居した場合でも、婚姻費用が発生することがあります。
例えば、「突然妻子に出て行かれて、生活費をよこせといわれた。払いたくないけど払わなきゃいけないの」というケースが典型的です。このようなケースでも、結婚している以上、基本的には収入の多い方が少ない方に婚姻費用を支払う必要があります。
ただし、すでにご説明したように、婚姻費用を請求する側に、婚姻関係破綻の有責性があることが明白な場合には、権利の濫用として婚姻費用の請求が認められないことがあります。ただし、その場合であっても、請求側が子どもを連れているときには、子どもの生活費分は支払う必要があります。
(2)別居中子どもに会わせてないと支払ってもらえない?
別居中に、配偶者に子どもに会わせていない場合でも、婚姻費用の支払い義務は発生します。
「子どもに会わせないのなら婚姻費用は支払わない」という主張は、法的には成り立ちません。子供に会わせること(面会交流)と婚姻費用の支払いは別の問題として扱われるためです。
例えば、妻が子どもを連れて別居し、妻の拒否により夫が子どもに会えない状況であっても、生活保持義務がなくなるわけではありません。基本的に、妻より収入の多い夫であれば、妻に対して婚姻費用を支払う義務があります。
子どもとの面会については、別途、面会交流について話し合ったり、裁判所に面会交流調停を申し立てることで解決を目指すことになります。
(3)婚姻費用分担請求調停と離婚調停は同時にすべき?
婚姻費用分担請求調停と離婚調停は同時に申し立てて、進めることが可能です。
離婚の条件が合意できずすぐに離婚はできないので、離婚までの婚姻費用をちゃんと支払ってほしいというケースで、同時に申し立てることがあります。同時に行うことで、手続きが効率化され、同じ期日で離婚と婚姻費用について話し合うこともできますので、時間と費用を節約できるでしょう。
(4)婚姻費用は途中で変更できる?
婚姻費用は途中で変更することが可能なケースもあります。
夫婦の合意で婚姻費用を定めた場合、双方の合意があれば、婚姻費用を高くしたり、安くしたり変更できます。
では、調停や審判で婚姻費用が定められた場合はどうでしょうか。この場合には、裁判所に婚姻費用増額(減額)請求調停の申立をして、話し合いで増額(減額)が合意できれば、婚姻費用を変更できます。
調停で話し合いが決裂した場合には、審判に移行して裁判所が減額(増額)を判断します。裁判所は、前回の取り決め当時に予測しえなかった相当程度の事情変更がある場合に、婚姻費用の減額(増額)を認めます。
例えば、婚姻費用を支払っている側に、前回取り決め時にわからなかった病気が発覚し、休職又は退職したため収入が激減したなどの事情があれば、婚姻費用の減額が認められる可能性があります。
【まとめ】婚姻費用をしっかりもらって経済的安定を得ましょう
婚姻費用は、夫婦間の生活保持義務に基づき、双方の収入・資力を考慮してお互いに負担するべき生活費のことをいいます。基本的には、収入の低い方が高い方に請求することになります。
実務では、具体的な金額は婚姻費用算定表を用いて計算されます。
請求方法には、主に話し合い、内容証明郵便、調停の3つがあります。話し合いがうまくいかない場合には、話し合いを長引かせるよりもすぐに調停を申し立てるようにしましょう。
婚姻費用についてさらに詳しく知りたい方や具体的な手続きを進めたい方は、婚姻費用請求を扱っている法律事務所に相談しましょう。早めの対応が、あなたと子どもの生活を守る第一歩です。
アディーレ法律事務所では、次のような方からの婚姻費用に関するご相談を承っています。
- 別居中で、離婚の予定はないけど婚姻費用を請求したい
- 別居して離婚する予定だけど、離婚するまではしっかり婚姻費用を請求したい
適切な額の婚姻費用を請求することは、別居中の生活を安定させるためにとても重要です。
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