「おはよう」と言っても返事がない。「おかえりなさい」と言っても無視される。リビングに響くのは、わざとらしい大きなため息と、乱暴にドアを閉める音だけ。
身体的な暴力もなければ、大声で怒鳴られるわけでもない。だからこそ、「私が我慢すればいい」「ただ機嫌が悪いだけ」と、自分を納得させていませんか?
しかし、もしその状況が数週間、数ヶ月、あるいは年単位で続いているのであれば、それは単なる夫婦喧嘩の域を超えています。
法的には、言葉や態度による精神的な暴力、いわゆる「モラルハラスメント(モラハラ)」として評価される可能性があるのです。
特に、無視や不機嫌を武器にパートナーを追い詰める行為は「サイレントモラハラ」とも呼ばれ、近年、離婚相談の現場でも深刻なケースが増えています。
「サイレントモラハラ」とは? 法的な位置づけ
一般的に「DV(ドメスティック・バイオレンス)」と聞くと、殴る・蹴るといった身体的暴力をイメージされる方が多いでしょう。
しかし、DV防止法における暴力には、身体的なものだけでなく、「心身に有害な影響を及ぼす言動(精神的暴力)」も含まれます。
「サイレントモラハラ」は、まさにこの精神的暴力の一形態です。
- 長期間にわたり口をきかない
- 存在を無視する(透明人間のような扱いをする)
- 常に不機嫌な態度で威圧する
- 生活音を大きく立てて恐怖心を与える
これらは、法律上の離婚事由である「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当する可能性があります。
また、夫婦には本来、同居し、互いに協力し扶助しなければならない義務がありますが、理由なく対話を拒否することは、この「協力義務」の放棄とも捉えられます。
「ただの不機嫌」と「違法なハラスメント」の境界線
とはいえ、夫婦であれば喧嘩をして数日間口をきかないことは珍しくありません。
「どこからが法的にアウトなのか?」という線引きは非常に重要です。
裁判所が離婚事由や慰謝料請求を認めるかどうかを判断する際、主に以下の要素が重視される傾向にあります。
1. 期間と継続性
夫婦喧嘩の延長で数日〜1週間程度無視するといったレベルでは、直ちに離婚事由とは認められにくいのが現実です。
しかし、これが「数ヶ月〜数年」単位で続いている場合や、「断続的に繰り返され、改善の見込みがない」場合は、婚姻関係が破綻していると判断される可能性が高まります。
2. 理由の有無と合理性
夫が無視をするきっかけは何だったのか。「妻が不倫をした」「多額の浪費による借金が発覚した」といった重大な裏切り行為が妻側にあり、その怒りから口をきかなくなった場合は、夫側の行為にも一定の理解が示されることがあります。
一方で、「些細なことが気に入らない」「理由を告げずに突然無視を始める」「自分の思い通りにコントロールするために無視する」といった場合は、モラハラとしての性質が強くなります。
3. 他のモラハラ行為の存在
無視だけでなく、以下のような行為がセットになっている場合は、悪質性が高いと判断されやすくなります。
- 経済的DV: 生活費を渡さない、口座を凍結する。
- 性的拒否: 長期間にわたり寝室を別にする、接触を拒絶する。
- 社会的孤立: 配偶者が実家に帰るのを禁じる、友人と会うのを嫌がる。
見えない暴力を「可視化」する証拠の集め方
サイレントモラハラの最大の問題点は、「証拠が残りにくい」ことです。
暴言であれば録音データが、暴力であればケガの写真や診断書が証拠になり得ます。
しかし、「無視」は「何もしないこと」であるため、その事実を証明するのが難しいのです。
もし、あなたが離婚や別居を視野に入れているなら、今のうちから以下の3つの視点で証拠を集めておくことを強くお勧めします。
視点1:詳細な「日記(メモ)」が武器になることも
録音が難しいケースでは、あなたの書く日記が証拠となり得ます。
ただし、「辛かった」「無視された」といった感情だけを書くのではなく、裁判官や調停委員に状況を具体的にイメージさせるため、以下の項目を客観的に記録してください。
- 日時・場所: (例:〇月〇日 19時 リビングにて)
- 具体的な状況: 「子どもの学校行事の日程を伝えたが、視線も合わせず無言で立ち去った」
- 生活の様子: 「夕食を用意したが一切手を付けず、自分でカップ麺を買ってきて食べた」
- 行為の態様: 「ドアを強く閉める音がした」「舌打ちをされた」
これらが数ヶ月分蓄積されれば、それは「単なる夫婦喧嘩」ではなく「異常な日常」を証明する資料となり得るでしょう。
視点2:動画・音声で「空気」を記録する
「無言なのに録音?」と思われるかもしれませんが、「こちらが話しかけても反応がない状況」を記録することは可能です。
スマホの録画アプリを起動した状態で、「明日の予定だけど…」と話しかけてみてください。それに対して無反応である様子や、テレビの音量だけが大きく響いている状況などは、家庭内の冷え切った空気を伝える資料になり得ます。
ただし、脱衣所などプライバシー性の高い場所での撮影や、相手を挑発して撮影するような行為は避け、あくまで日常のやり取りを記録する範囲に留めましょう。
また、LINEやメールで重要な用件を送っても「既読スルー」が常態化している場合、その画面のスクリーンショットも補助的な証拠となり得るでしょう。
視点3:心身への影響を「診断書」にする
夫の態度が原因で、不眠、動悸、食欲不振、抑うつ状態などの症状が出ている場合は、心療内科を受診し、診断書を取得してください。
その際、医師に「夫の態度(無視など)がストレスの原因である」ことを明確に伝え、その訴えをカルテ等の医療記録に残してもらうことが重要です。
これにより、あなたが当時から夫の言動に悩んでいたという事実を補強する資料となり得ます。
【まとめ】
サイレントモラハラを受けている方の多くは、真面目で責任感が強く、「私が至らないからだ」「もっと努力すれば夫は変わってくれる」と自分を責めてしまいがちです。
しかし、対話を拒否したり、自分の気に入らないと無視したりする配偶者との関係修復は、一方的な努力だけで成し遂げられるものではありません。
家庭という密室で行われる「無視」は、深く心を傷つけるものです。 「殴られていないから」といって、我慢し続ける必要はありません。
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