「自己破産したら、今住んでいる賃貸物件から追い出されてしまうの?」
自己破産の手続きをするからといって、賃貸物件に住み続けられなくなってしまうことは基本的にありません。
たとえ賃借人が自己破産の手続きで原則全ての支払義務を免除されるとしても(免責許可決定)、家賃を滞納していなければ、大家側が損することはないからです。
※家賃を滞納していて、今の物件に住み続けたい場合には、裁判所に自己破産の手続きを申立てるまでに解消しておくのが基本です。また、収入に対して家賃が高すぎる場合、ケースによっては引っ越しなどを検討する必要も出てきます。
また、自己破産の手続きを進めることで「敷金返還請求権」(敷金を返してもらう権利)に影響が出るケースも限られています。
この記事では、
- 自己破産のみを理由に賃貸物件から追い出されてしまうことは基本的にないこと
- 自己破産の手続きと敷金の関係
について弁護士が解説します。

早稲田大学、及び首都大学東京法科大学院(現在名:東京都立大学法科大学院)卒。2012年より新宿支店長、2016年より債務整理部門の統括者も兼務。分野を問わない幅広い法的対応能力を持ち、新聞社系週刊誌での法律問題インタビューなど、メディア関係の仕事も手掛ける。第一東京弁護士会所属。
自己破産だけを理由に賃貸物件から追い出されることは、原則ない!
「自己破産の手続きをした」という事実だけを理由に賃貸物件から追い出されてしまうことは、基本的にはありません。
ただし、次の2つの場合は要注意です。
- 家賃を滞納している場合
…裁判所への申立て前に滞納を解消する - 家賃が収入に対して高すぎる場合
…裁判所での手続きにおいて、賃貸借契約を解除されるおそれがある
それでは、
- 自己破産だけを理由に賃貸借契約を解除されることは、基本的にないこと
- 家賃を滞納している場合の注意点
- 収入に対して家賃が高い場合などの注意点
について、解説します。
(1)自己破産だけを理由に賃貸借契約が解除されることは、基本的にない!
自己破産の手続きをする人の中にも、家賃を毎月遅れずにきちんと支払っている人は大勢います。
自己破産で原則全ての負債について支払義務の免除を受ける(免責許可決定)としても、家賃がきちんと支払われているのであれば、大家側に不利益は生じません。そのため、自己破産そのものを理由として賃貸借契約を解除することは基本的にできません。
破産法53条1項では、「破産管財人」(※)が賃貸借契約を解除するか継続するかを選択する権限を持つことを定めています(そのため、(3)でご説明するように、収入に対して家賃が高すぎる場合には賃貸借契約を解除されてしまうおそれがあります)。
※破産管財人とは、財産や借金が膨らんだ経緯などの調査、債権者への配当などの業務を行う人です。
債務者が一定の財産を所有している場合や、調査すべき「免責不許可事由」(免責許可決定が出ない可能性のある一定の事由)がある場合などに、裁判所から選任されます。
破産管財人がどのような業務をするのか、詳しくはこちらをご覧ください。
しかし、賃貸人から自己破産のみを理由に賃貸借契約を解除することは基本的にできません。
「賃借人が自己破産の開始決定を受けたとき、本賃貸借契約は解約される」などと賃貸借契約書に定められていても、この条項は上記のように賃貸借契約を解除するか維持するかの判断を破産管財人の権限とした破産法53条1項の趣旨に反するなどの理由により無効であり、賃貸借契約を解除することはできないと判断した裁判例もあります(東京地裁判決平成21年1月16日金融法務事情1892号55頁)。
(2)家賃を滞納している場合の注意点
それでは、家賃滞納に関する2つの注意点をご説明します。
- 滞納がどれくらい続くと、賃貸借契約を解除されるおそれがあるか
- 今の賃貸物件に住み続けるには、どうすればよいか

(2-1)滞納がどれくらい続くと、賃貸借契約が解除される?
家賃の支払いの遅れが数日程度で済んでいる場合であれば、遅れていることのみを理由として直ちに契約を解除されてしまう可能性は非常に低いです。
ただし、自己破産の手続きの申立て前に家賃滞納を解消しておく必要があります。滞納した分の家賃について免責許可決定が出て支払いを免れた場合、貸主(賃貸人)によって賃貸借契約を解除されてしまうリスクが高いからです。
日本では、賃貸物件に住む賃借人の地位が厚く保護されています。たとえば、家賃滞納を理由に賃貸借契約を解除できるのは、賃借人と賃貸人の信頼関係が破壊されたときに限られています(信頼関係破壊の法理)。何ヶ月分の家賃の滞納で信頼関係が破壊されるかは一概にいえませんが、数日の遅れで済んでいるうちは、信頼関係を破壊したとまではいえないでしょう。
一応の目安としては、3ヶ月分の家賃を滞納すると契約解除が認められやすいといえます。
(2-2)今の賃貸物件に住み続けるには、滞納を解消する必要があるが……
消費者金融などに対する返済義務と同様に、自己破産に伴う免責許可決定によって滞納家賃の支払義務を免れた場合、大家さんからその家を出ていくように言われる可能性が高いです。
そのため、一般的には裁判所への自己破産の申立てまでに家賃の滞納を解消しておく必要があります。しかし、大家さんという特定の債権者だけに払うことは、他の債権者との関係上不公平な支払いである「偏頗(へんぱ)弁済」として免責不許可事由に当たると指摘されたり、積立金の支払いを求められたりするなど手続き上問題視される可能性があります。
他方で、家賃が生活において必要な費用であることもあり、滞納した金額などの事情や破産管財人・裁判官の考え方によっては問題視されないこともあります。
もっとも、自己判断は危険もありますし、第三者に代わりに支払ってもらって偏頗弁済にならないように滞納を解消するといった方法もありますので、家賃を滞納した場合には、自己破産を依頼した弁護士に相談して、今後の対応を検討しましょう。
(3)収入に対して家賃が高い場合などの注意点
収入に対して家賃が高い場合には、要注意です。
可能性は決して高くはないものの、破産管財人が賃貸借契約を解除するおそれがあるためです(破産法53条1項)。
収入が家賃に対して高い場合、免責許可決定が出ても家賃支出で家計が圧迫され、家計を立て直せないリスクがあります。そのため、破産管財人が賃貸借契約を解除するおそれがあるのです。
また、破産管財人による賃貸借契約の解除は免れたとしても、家賃が高すぎれば家計が圧迫されてしまうことに変わりはありません。
引越し費用などは別途かかりますが、場合によっては家賃の安い物件への引っ越しなどを検討する必要もあるでしょう(家賃の目安は、一般的には手取りの月給の3分の1程度です)。
物置なら話は違う?破産管財人が賃貸借契約を解除するとき
物置として利用している物件についても、賃料の負担が借金を増額させる要因となっているなどの場合には賃貸借契約が解除されることもあります。

自己破産で、敷金を返してもらう「敷金返還請求権」はどうなるの?

次のような事例をもとに、自己破産の手続きと敷金を返してもらう権利(敷金返還請求権)の関係をご説明します。
借金返済に追われ、家賃の支払いが数日遅れになることが多かった(仮称)Aさん。Aさんは自己破産の手続きをすることにしました。結局、自己破産の開始決定後、Aさんはより家賃の安い物件に引っ越すことにしました。明渡時、Aさんは1ヶ月分の家賃を滞納していました。
※1ヶ月分の家賃を6万5000円、敷金として13万円預けていたとします。
(1)敷金は未払家賃などに充当される
敷金は、未払いになっている家賃や原状回復費用などに充当されるのが通常です。
家を借りるとき、敷金を求められることが少なくありません。
敷金とは、
賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭
引用:民法622条の2第1項
のことです(民法622条の2第1項)。
Aさんの事案においても、敷金のうち6万5000円は未払になっている賃料の支払に充てられます。
(2)敷金を回収するために賃貸物件を明け渡す?
結論から述べますと、自己破産の手続きにおいて、「敷金を回収するために」賃貸物件を明け渡すよう求められるケースは少ないです。
敷金返還請求権は、賃貸借契約が終了し、賃貸物件の「明渡し完了時」に発生すると考えられています。そのため、家を借りたまま自己破産を申立てた場合、破産手続開始決定の時点において、まだ敷金返還請求権は現実に発生していません。
つまり、Aさんは、賃貸借契約が終了し、家を明け渡して、未払賃料などを清算したうえでようやく残りの敷金を返してほしいと請求できます。もっとも、観念的にいえば、明渡し前でもAさんが大家さんに預けたお金が存在するため、この将来的にお金となるはずの請求権の扱いが問題です。
法律上、敷金返還請求権は、自己破産の手続きをしても手元に残しておくことができる「自由財産」には該当しません。原則的にいえば、破産管財人が換価(お金に換える)、回収して、債権者への配当などのための「破産財団」に組み入れられることとなります。
自己破産の手続きをしても手元に残せる「自由財産」にはどのような物があるのか、詳しくはこちらをご覧ください。
賃貸借契約終了後、明渡し完了時にしか発生しないお金を、破産管財人が回収する必要がある―――、とすると、破産管財人が賃貸借契約を解除し、敷金返還請求権を現実化しなければならない、ということになり、結果家を明け渡さなければならないことになります。しかし、家を明け渡すこととなれば、自己破産の手続きをする人は引越し代や新たな賃借物件の敷金・礼金などを支払わなければならず、路頭に迷ってしまうこととなりかねません。
そこで、東京地裁などの裁判所では、居住用家屋の敷金返還請求権は、その金額にかかわらず、基本的に自由財産として取り扱われます(「自由財産の拡張」、自由財産として手元に残せる財産の範囲を広げる)。その結果、破産管財人が敷金の回収のために賃貸借契約を解除する必要はないので、通常、自己破産の手続きをする人はその賃貸物件に住み続けることができます。
(3)敷金が高いと、自己破産の手続きが複雑になる?
自己破産には、破産管財人が選ばれない「同時廃止」と呼ばれるものがあります。

破産法216条1項では、同時廃止に関して次のように規定されています。
裁判所は、破産財団をもって破産手続の費用を支弁するのに不足すると認めるときは、破産手続開始の決定と同時に、破産手続廃止の決定をしなければならない。
引用:破産法216条1項
条文上「同時に」と規定されているように、破産手続(債権者への配当などのための手続き)を裁判所に申立て、破産手続開始決定がなされると同時に破産手続が廃止されるため、「同時廃止」と呼ばれています。
同時廃止となった場合、管財事件とは異なり、破産管財人が選任されないため、「引継予納金」(破産管財人のための報酬)が必要ありません。
同時廃止で進めることができるのは、条文上は「破産財団をもって破産手続の費用を支弁するのに不足すると認める」ときです。実際には、次のように振り分けられるのが基本です。
- 管財事件:債権者への配当などに充てられるだけの財産があったり、詳細な調査を要する免責不許可事由が存在するなど、破産管財人による調査、換価等の業務が必要である場合。
- 同時廃止:債権者への配当などに充てられるだけの財産がなく、詳細な調査を要する免責不許可事由もないことが明確であるなど、破産管財人による調査、換価等の業務が不要である場合。
管財事件となるか、同時廃止となるかの振り分けの具体的な基準は、裁判所によって異なります。
例えば東京地裁では、33万円以上の現金がある場合や、不動産や自動車などの項目別に20万円以上の財産がある場合には、基本的に同時廃止にはなりません(ただし、財産が少なくても、免責不許可事由についての調査などが必要と判断されて管財事件となるケースもあります)。
そして、東京地裁では、居住用家屋の敷金返還請求権は、原則として金額にかかわらず、破産管財人による換価を要しない財産とされているため、敷金が20万円以上であるからといって、直ちに管財事件になるわけではありません。ほかの財産の状況や借入れの経緯等によっては、同時廃止となる可能性があります。
お住まいの地域の裁判所での運用については、自己破産を依頼する弁護士に確認してください。
【まとめ】自己破産するからといって、賃貸物件を追い出されてしまうことは基本的にない
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 「自己破産の手続きをした」という事実だけを理由に賃貸物件から追い出されてしまうことは、基本的にはない。
ただし、次の2つの場合には要注意。- 家賃を滞納している場合
…その物件に住み続けたいのであれば、裁判所への申立て前に滞納を解消する - 家賃が収入に対して高すぎる場合
…裁判所での手続きにおいて、賃貸借契約を解除されるおそれがある
- 家賃を滞納している場合
- 自己破産の手続きと敷金の関係は、次のようになる。
- 退去時に未払の家賃がある場合…敷金が未払の家賃に充当される
- 自己破産の手続きにおいて、破産管財人が敷金を回収する目的のみのために賃貸借契約を解除して、居住している賃貸物件から退去させられることは、基本的にない。
- 居住している賃貸物件の敷金の額が高いことを理由として、自己破産の手続きが「管財事件」(※)になる可能性はあるが、東京地裁などでは、敷金は、その金額によらず、破産管財人による換価を要しないこととされているため、通常、敷金の額が高いことだけを理由として管財事件とはならない。
※管財事件…裁判所から選任された破産管財人が、財産や借金の経緯などの調査、債権者への配当などを行う。管財事件となった場合、手続きが複雑になったり、破産管財人の報酬として「引継予納金」の支払が必要になる。
アディーレ法律事務所では、個人の自己破産を取り扱っております。ご依頼いただいた個人の破産事件で、万が一免責不許可となってしまった場合、当該手続きにあたってアディーレ法律事務所にお支払いいただいた弁護士費用は原則として、全額返金しております(2022年8月時点)。
自己破産で今住んでいる賃貸物件に住み続けられるかお悩みの方は、破産を得意とするアディーレ法律事務所にご相談ください。
