Tさんは、自動車運転中の交通事故で右足を骨折しました。長期にわたる治療の結果、骨は無事つながったものの、事故前に比べて膝(ひざ)の関節が曲がりにくくなったことに悩んでいます。
このように、交通事故によって足の関節などに異常が生じることを、下肢(かし)機能障害といいます。下肢機能障害が後遺障害と認定されると、事故の相手方(加害者)に対して後遺症慰謝料などを請求できるようになります。
この記事では、
- 交通事故による下肢機能障害の種類
- 下肢機能障害と後遺障害等級
- 下肢機能障害で請求できる慰謝料の相場
- 示談交渉などを弁護士に依頼するメリット
について、弁護士が解説します。
愛知大学、及び愛知大学法科大学院卒。2010年弁護士登録。アディーレに入所後,岡﨑支店長,家事部門の統括者を経て,2018年より交通部門の統括者。また同年より、アディーレの全部門を統括する弁護士部の部長を兼任。アディーレが真の意味において市民にとって身近な存在となり、依頼者の方に水準の高いリーガルサービスを提供できるよう、各部門の統括者らと連携・協力しながら日々奮闘している。現在、愛知県弁護士会所属。
下肢機能障害とは
まず、下肢機能障害の「下肢」「機能障害」について説明します。
(1)下肢とは
下肢とは、股関節・膝(ひざ)関節・足関節(=足首)と、足指までを含めた部分をいいます。私たちが普段「足」と呼んでいる部分です。
【下肢と下肢3大関節】

後遺障害認定(後述します)においては、股関節・膝関節・足関節をまとめて特に「下肢3大関節」と呼びます。
(2)機能障害とは
下肢(足)の後遺障害の種類には、欠損障害・変形障害・短縮障害・機能障害などがあります。
欠損障害とは、下肢の一部分を失ったことによる障害です。
変形障害とは、下肢の骨折や脱臼により、骨や関節が変形してしまうことによる障害です。
短縮障害とは、下肢の骨折などが原因で、足の長さが短くなってしまう障害です。
これらに対し、機能障害とは、関節の可動域(=動く範囲)が制限され、動きが悪くなることによる障害をいいます。
以下では、下肢機能障害のうち、下肢3大関節(股関節・膝関節・足関節)に関する後遺障害の認定基準について説明します(欠損障害、変形障害、短縮障害、醜状障害、足指の障害については省略します)。
下肢機能障害で認定される後遺障害とは?
足の関節障害(下肢機能障害)が後遺障害と認定されると、事故の相手方(加害者)に対して後遺症慰謝料や逸失利益(=障害によって得られなくなった将来の収入)を請求できるようになります。
そこでまず、後遺障害等級認定とは何かについて説明します。
(1)後遺障害等級認定とは
事故後、治療を続けても関節の曲がり具合がもとに戻らず、症状が固定してしまうことがあります(これを「症状固定」といいます)。
この場合、所定の機関(損害保険料率算出機構など)に申請をすることにより、後遺障害の認定を受けることができます。
後遺障害は、症状の部位や程度などによって、1~14級(および、要介護1級・2級)の等級に分類されます。
1級の症状がもっとも重く、症状が軽くなるに従って2級、3級……と等級が下がっていきます。
認定される等級が上位になるほど、加害者に対して請求できる慰謝料なども高額になります。
以下では、下肢3大関節(股関節・膝関節・足関節)の機能障害に関する後遺障害の認定基準について説明します。
(2)下肢3大関節の機能障害で認定される後遺障害等級とは?
下肢機能障害のうち、下肢3大関節(股関節・膝関節・足関節)に関して認定される可能性のある後遺障害等級は、次のとおりです。
等級 | 認定基準 |
---|---|
1級6号 | 両下肢の用を全廃したもの |
5級7号 | 1下肢の用を全廃したもの |
6級7号 | 1下肢の3大関節中の2関節の用を廃したもの |
8級7号 | 1下肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの |
10級11号 | 1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの |
12級7号 | 1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの |
以下、それぞれ具体的に説明します。
(2-1)1級6号 両下肢の用を全廃したもの
「下肢の用を全廃したもの」とは、下肢の3大関節(股関節・膝関節・足関節)のすべてが強直(※)した状態をいいます。3大関節が強直したことに加え、足指全部が強直したものも含みます。
(※)強直:関節が完全に動かない、またはこれに近い状態(原則として健側(=正常な側)の関節可動域角度の10%程度以下に制限されているもの)
つまり、「両下肢の用を全廃したもの」とは、左右両足について、3大関節のすべてが強直した状態をいいます。
(2-2)5級7号 1下肢の用を全廃したもの
「1下肢の用を全廃したもの」とは、右足または左足のいずれか一方の足において、3大関節のすべてが強直した状態をいいます。3大関節が強直したことに加え、足指全部が強直したものも含みます。
(2-3)6級7号 1下肢の3大関節中の2関節の用を廃したもの
「関節の用を廃したもの」とは、次のいずれかに該当するものをいいます。
ア 関節が強直したもの
イ 関節の完全弛緩性麻痺(※)またはこれに近い状態(※)にあるもの
(※)完全弛緩性麻痺:体を動かそうとしても筋肉を動かせず、常にだらんとした状態
(※)これに近い状態:外から力を加えると動くものの、自力では関節の可動域が健側(=正常な側)の可動域角度の10%程度以下となったもの
ウ 人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節のうち、その可動域が健側(=正常な側)の可動域角度の2分の1以下に制限されているもの
つまり、左右いずれかの足の3大関節中、2関節において
ア 関節が強直したもの
イ 関節の完全弛緩性麻痺またはこれに近い状態にあるもの
ウ 人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節のうち、その可動域が健側の可動域角度の2分
の1以下に制限されているもの
のいずれかにあたると、6級7号に該当することになります。
(2-4)8級7号 1下肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの
左右いずれかの足の3大関節中、1関節において
ア 関節が強直したもの
イ 関節の完全弛緩性麻痺またはこれに近い状態にあるもの
ウ 人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節のうち、その可動域が健側の可動域角度の1/2
以下に制限されているもの
のいずれかにあたると、8級7号に該当することになります。
(2-5)10級11号 1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
「関節の機能に著しい障害を残すもの」とは、次のいずれかの状態をいいます。
ア 関節の可動域が健側の可動域角度の1/2以下に制限されているもの、または
イ 人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節のうち、その可動域が健側の可動域角度の2分
の1以下に制限されていないもの
つまり、左右いずれかの足の3大関節中、1関節において
ア 関節の可動域が健側の可動域角度の2分の1以下に制限されている、または
イ 人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節のうち、その可動域が健側の可動域角度の2分
の1以下に制限されていないもの
のいずれかにあたると、10級11号に該当することになります。
(2-6)12級7号 1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの
「関節の機能に障害を残すもの」とは、関節の可動域が健側の可動域角度の4分の3以下に制限されているものをいいます。
したがって、左右いずれかの足の3大関節中、1関節の可動域が健側の可動域角度の4分の3以下に制限されているものが12級6号に該当することになります。
(3)下肢3大関節の機能障害の検査
関節の機能障害の検査は、関節の可動域を測定し、健側(=正常な側)の可動域または参考可動域の角度と比較することによって評価します。測定値は、5度単位の切り上げで記載します。
原則として他動運動(=医師が外部から力を加えて動かす)により測定しますが、他動運動による測定が適切でないものについては、自動運動(=自力で動かす)による測定値を参考にします。
測定の対象となる運動には主要運動と参考運動がありますが、関節の機能障害は、原則として主要運動の可動域制限の程度によって評価します。
ただし、下肢3大関節については、主要運動の測定値がわずかに(=原則として5度以内、「著しい機能障害」にあたるかを判断する場合は10度以内)2分の1または4分の3を上回る場合は、参考運動の可動域の2分の1または4分の3以下に制限されていれば「関節の著しい機能障害」または「関節の機能障害」と評価されます。
なお、可動域の測定は、医師による他動運動で行われますが、患者が痛みを訴えた場合、どの程度力を加えるか個人差が生じてしまうため、無条件に可動域測定の結果を信用することが出来ないケースもあります。そのため、後遺障害として認定されるためには可動域制限が生じることを合理的に説明できる具体的なケガの状況(骨折部の癒合不良や関節面の不正など)も必要となります。
(3-1)股関節の可動域測定
股関節は、「屈曲・伸展」と「外転・内転」が主要運動、「伸展」と「外旋・内旋」が参考運動となります。いずれも合計値で評価します。

【股関節の参考可動域角度】
運動方向 | 屈曲 | 伸展 | 外転 | 内転 | 外旋 | 内旋 |
---|---|---|---|---|---|---|
参考可動域角度 | 125 | 15 | 45 | 20 | 45 | 45 |
(3-2)膝関節の可動域測定
膝(ひざ)関節は、「屈曲・伸展」が主要運動となります。「屈曲・伸展」の合計値で評価します。なお、膝関節には参考運動はありません。

【膝関節の参考可動域角度】
運動方向 | 屈曲 | 伸展 |
---|---|---|
参考可動域角度 | 130 | 0 |
(3-3)足関節
足関節は、「屈曲(底屈)・伸展(背屈)」が主要運動となります。「屈曲・伸展」の合計値で評価します。なお、足関節には参考運動はありません。

【足関節の参考可動域角度】
運動方向 | 屈曲(底屈) | 伸展(背屈) |
---|---|---|
参考可動域角度 | 45 | 20 |
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交通事故による下肢機能障害で慰謝料の相場は?

交通事故による下肢3大関節の機能障害が上記の後遺障害等級のいずれかに認定されると、事故の相手方(加害者)に対して後遺症慰謝料を請求できるようになります。
通常は、後遺障害等級が認定された後、加害者が加入する保険会社と金額などについて示談交渉を行うことになります。
後遺症慰謝料の金額(相場)を決める基準には、次の3つがあります。
- 自賠責基準…自動車損害賠償保障法(自賠法)で定められた、必要最低限の賠償基準
- 任意保険基準…各保険会社が独自に定めた賠償基準
- 弁護士基準…弁護士が、加害者との示談交渉や裁判の際に用いる賠償基準(「裁判所基準」ともいいます)
どの基準を用いるかによって慰謝料の額が変わります。
3つの基準を金額の大きい順に並べると、一般に、
弁護士基準>任意保険基準>自賠責基準
となります。
下肢3大関節の機能障害が後遺障害と認定された場合の後遺症慰謝料(相場)を、自賠責基準と弁護士基準で比べてみると、下の表のようになります。
等級 | 自賠責基準 | 弁護士基準 |
---|---|---|
1級6号 | 1150万円 | 2800万円 |
5級7号 | 618万円 | 1400万円 |
6級7号 | 512万円 | 1180万円 |
8級7号 | 331万円 | 830万円 |
10級11号 | 190万円 | 550万円 |
12級7号 | 94万円 | 290万円 |
(2020年4月1日以降に起きた事故の場合)
いずれの場合にも、弁護士基準のほうが自賠責基準よりも高額となることがお分かりでしょう。
被害者が、自分自身(または加入している保険会社の示談代行サービス)で示談交渉を行うと、加害者側の保険会社は、自賠責基準や任意保険基準を用いた低い金額を提示してくるのが通常です。
これに対し、弁護士が被害者の代理人として交渉する場合、金額の最も高い弁護士基準が用いて交渉します。
つまり、示談交渉を弁護士に依頼すると、後遺症慰謝料を含む賠償金の増額が期待できるのです。
こちらの記事もご確認ください。
交通事故による下肢機能障害で逸失利益も請求できる
交通事故による足の関節障害(下肢機能障害)が後遺障害として認定されると、加害者に対して逸失利益も請求することができます。
逸失利益とは、後遺障害によって得られなくなった将来の利益のことをいいます。
例えば、タクシー運転手として生計を立てている人が、交通事故による膝の関節障害のため運転手の業務ができなくなってしまった場合、運転業務により将来得られるはずだったのに得られなくなってしまった収入をいいます。
逸失利益の金額は、
基礎収入×後遺障害による労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
という計算式で算出します。
「基礎収入」は、原則として事故発生前の収入の金額が採用されます。
「労働能力喪失率」とは、後遺障害により労働能力がどれだけ失われたのか、その割合をいいます。後遺障害等級ごとに目安が定められており、下肢の3大関節の機能障害(1級~12級)の場合は次のとおりです。
【労働能力喪失率】
1級 | 5級 | 6級 | 8級 | 10級 | 12級 |
---|---|---|---|---|---|
100% | 79% | 67% | 45% | 27% | 14% |
つまり、100%の労働能力のうち、1級では100%、5級では79%、6級では67%……が失われたとみなされることになります。
「ライプニッツ係数」とは、被害者が将来得られたはずの利益を前もって受け取ったことで得られた利益(利息など)を控除するための数値です。
逸失利益の計算についても、特に労働能力喪失期間について加害者側と争いになることが多くなります。
その際も、弁護士に依頼すれば法律的な観点から妥当な労働能力喪失期間を算定し、適正な逸失利益額を主張することができます。
なお、逸失利益について詳しくはこちらの記事もご確認ください。
交通事故による下肢機能障害で後遺障害認定を受けるポイント
後遺障害認定を受けるためには、等級に関わらず
- 交通事故と後遺症の間に因果関係があること
- 医師により、症状固定(=これ以上治療しても改善も悪化もしないこと)の診断を受けること
- 医師により後遺障害診断書を作成してもらうこと
の3つが必要となります。
この点を踏まえた上で、交通事故による足の関節障害(下肢機能障害)で後遺障害認定を受けるポイントを説明します。
(1)検査を早めに受ける
下肢機能障害の原因が交通事故にあると証明するためには、事故後すぐに検査する必要があります。期間があくと、本当に交通事故が原因なのか因果関係を疑われてしまうからです。
下肢機能障害を診断するための検査としては、レントゲンやCT、MRI検査などがあります。これらの精密検査を、事故後すみやかに受けるようにしましょう。
(2)後遺障害診断書の内容が肝心
後遺障害の認定を受けるためには、医師により、これ以上治療しても改善の見込みがない(これを「症状固定」といいます)という診断を受ける必要があります。目安としては、事故から半年経っても症状が改善されないようなら、症状固定の可能性が高いでしょう。
後遺障害の認定を申請する際には、後遺障害診断書に症状固定の旨を記載してもらう必要があります。
また、後遺障害の認定を受けるためには、交通事故と下肢機能障害との因果関係を記載してもらうことが特に重要となります。
【後遺障害診断書】

交通事故の下肢機能障害について弁護士に依頼するメリット
これまで述べてきたとおり、足の関節障害(下肢機能障害)も後遺障害に認定される可能性がありますが、簡単に認定されるわけではありません。
以下では、後遺障害の認定手続きについて、弁護士に依頼するメリットをご紹介します。
(1)弁護士は、後遺障害が認定されやすくなるコツを知っている
交通事故案件を担当してきた弁護士は、後遺障害の認定基準等について精通しています。
したがって、後遺障害認定の手続きを被害者本人でするよりも、弁護士に依頼するほうが認定される確率は高まります。
(2)後遺障害認定の手続きを任せられる
また、後遺障害認定の手続きを弁護士に依頼すれば、申請のための面倒な作業を任せられ、ご自身は治療に専念できます。
(3)慰謝料などの増額が期待できる
上で述べたように、加害者側との示談交渉などを弁護士に依頼すると、弁護士基準を用いた金額の算定により慰謝料などを増額できる可能性があります。
実際に、交通事故で下肢機能障害が生じた被害者が弁護士に依頼することによって、賠償金が増額したケースがこちらです。
【まとめ】交通事故による足の関節障害にお悩みの方は弁護士にご相談ください
交通事故による足の関節障害(下肢機能障害)で後遺障害が認定されるかどうかは、加害者に対して後遺症慰謝料や逸失利益を請求できるかどうかに関わるため、非常に切実な問題です。
下肢機能障害が後遺障害に認定されるためには、適切な治療・検査の受け方、後遺障害診断書の書き方にも工夫が必要です。
また、後遺障害に認定された後、加害者側との示談交渉を弁護士に依頼すれば、賠償額を増額できる可能性が高まります。
交通事故による足の関節障害でお悩みの方は、アディーレ法律事務所にご相談ください。