交通事故には「物損事故(けが人がいない事故)」と「人身事故(けが人がいる事故)」の2つがあり、事故時にどちらの事故かを警察に対し、届け出ることになります。
もっとも、ケガ人がいるにもかかわらず、人身事故ではなく物損事故として届け出るケースも少なくありません。
実際、ケガが軽傷な場合や、加害者から物損事故として届け出てほしいと言われて物損事故として届け出ることもあります。しかし、ケガをしているのに物損事故にしておくと、ケガに治療費が発生した場合に治療費が支払われないなどのリスクが生じる可能性があります。
そこで、ケガをしているにもかかわらず、物損事故として届け出ていた場合には、人身事故として切り替え手続きをすることをおすすめします。
この記事では、次のことについて弁護士が解説します。
- 物損事故と人身事故の違い
- 物損事故から人身事故に切り替えるときの届出期間
- 人身事故への切り替えに必要な手続き
- 人身事故に切り替える際の注意点
東京大学法学部卒。アディーレ法律事務所では北千住支店の支店長として、交通事故、債務整理など、累計数千件の法律相談を対応した後、2024年より交通部門の統括者。法律を文字通りに使いこなすだけでなく、お客様ひとりひとりにベストな方法を提示することがモットー。第一東京弁護士会所属。
物損事故と人身事故の違い
交通事故は、大きく物損事故と人身事故の2種類に分けられます。
まず、物損事故と人身事故の違いについて知っておきましょう。
(1)物損事故:ケガなく、車や物の故障だけの事故

物損事故とは、被害者にケガがなく、車やガードレール、家屋など、器物の損壊のみが生じた事故のことをいいます。
物損事故では、加害者に対して懲役や罰金など刑事処分や、運転免許の違反点数加算といった行政処分がなされることは原則としてありません。
そのため、刑事処分や行政処分から逃れたい加害者から「物損事故扱いにしてほしい」と頼まれるケースもあります。
(2)人身事故:人がケガや死亡をした事故

一方、人身事故とは、被害者がケガをしたり、死亡したりした交通事故のことをいいます。
人身事故では、物損事故と異なり、加害者に対して刑事処分や運転免許の違反点数が加算といった行政処分がなされることがあります。
物損事故から人身事故に切り替えるべきケース
当初は、物損事故として届け出た場合でも次のような場合には、物損事故ではなく人身事故として切り替えるべきしょう。
- 最初は無傷と思っていたが後から痛みやしびれなどケガが発覚したケース
- 最初は軽傷でも痛みやしびれがひどくなってきたケース
- ケガをしていたが加害者から頼まれたため物損事故で届け出たケース
- 警察の届出に不備があり、物損事故として扱われていたケース
物損事故として届け出た場合、事故の相手方(加害者)が加入する自賠責保険や任意保険の対人賠償保険が使えない場合があります。そうすると、ケガの治療のために費やした治療費や慰謝料などを、加害者から支払ってもらうことが難しくなります。
なお、事故後数日経って症状が現れるケースとしては、事故で「むち打ち症」になったケースで多く見られるようです。事故直後に症状があらわれないのは、事故のショックや興奮により痛みの感覚が麻痺し、ケガをしても痛みを感じないためと考えられています。
むち打ち症について詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
物損事故から人身事故に切り替えるときの届出期間
物損事故から人身事故への切り替えには、厳密な期間の制限はありません。
しかし、できる限り早めに(できれば事故発生から10日程度までに)切り替えをおすすめします。
なぜなら、事故日から日にちが経ちすぎると、警察から人身事故への切り替えが拒まれるケースがあるからです。というのも、事故から日にちが経ったケガについては、本当に事故によって発生したケガなのかを疑われてしまうためです(例:事故後日常生活で生じたケガの可能性がある)。
なお、警察から「切り替えは◯日以内に連絡を」という指示がある場合があります。その場合は、指示された期間内に連絡するようにしましょう。
人身事故への切り替えに必要な手続き
それでは、人身事故への切り替えのための具体的な手続きの流れを説明します。
【人身事故への切り替え手続きの流れ】
病院で診断書を作成してもらう
警察に診断書などの書類を提出する
警察が人身事故として切り替える
それぞれについて説明します。
(1)病院で診断書を作成する
物損事故から人身事故への切り替えには、ケガの症状や傷病名の証明となる診断書が必要となります(事故後できる限り早めの受診をおすすめします)。
その際には、医師にケガが交通事故によるものであること(=傷病と事故との間の因果関係)を記入してもらうようにしましょう。
なお、診断書は医師しか作成することができません。整骨院や接骨院で診断書を発行してもらうことできないので注意が必要です。
医師の受診を受ける際は、自分の症状に適した病院・科を受診し(むち打ち症状であれば整形外科、頭痛であれば脳神経外科・神経内科など)、事故日、事故の内容、いつから痛むか、どこが痛むかなどを説明するようにしてください。
(2)警察に診断書などの書類を提出

事故の処理を行った警察署の交通課に人身事故へ切り替えたい旨を連絡し、警察署を訪問して手続きを行います。
警察官も忙しく、突然所轄の警察署を訪ねても対応してくれる人がいるとは限りません。事前に電話連絡をして、必要な書類や窓口・担当者を確認し、訪れる日時について約束をするとよいでしょう。
なお、診断書以外にも事故と関連する資料の提出を求められますが、管轄の警察の指示に従って提出してください。
(3)警察が人身事故に切り替える
事故を物損事故から人身事故に切り替えるかどうかは、警察が判断します。警察が人身事故の切り替えが認められると、事件として捜査が開始されることになります。
- 加害者・被害者の取り調べ
- 当事者立ち会いの上での実況見分
(事故現場で事故の状況を明らかにするために行われる捜査) など
実況見分では実況見分調書が作成されることになります。実況見分調書には、事故時における現場の状況や、事故の態様についての詳しい情報が記載されます。そのため、加害者に対して治療費などの賠償金請求をする際にも重要な資料となることがあります。
また、人身事故と認められると、後日自動車安全運転センターより、人身事故の証明となる交通事故証明書を取得できるようになります。
【交通事故証明書(人身事故)の例】
人身事故に切り替えられないときはどうすればいい?
警察が人身事故の切り替えを認めなかった場合には、最終的に物損事故として処理されることになります。
このような場合であっても、「人身事故証明書入手不能理由書(※)」を保険会社に提出することで、人身事故扱いを受けることができ、加害者に対してケガの治療費などを請求することができる可能性があります。
※保険会社に書式がありますので、保険会社から書式を取り寄せる必要があります。
ただし、これはあくまでも軽傷の場合に補助的に使うための手段です。必ず場治療費などを受けとれるわけではありませんので、注意が必要です。
【まとめ】物損事故から人身事故の切り替えは早めに!
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 交通事故には、大きく分けて人の死傷を伴わない物損事故と人の死傷を伴う人身事故の2種類ある。
- 当初物損事故で届け出たものの、後日ケガの症状が出て人身事故に切り替えたい場合、切り替えの届出に期間制限はない。しかし、できるだけ早く病院で診断書を作成してもらい、早めに警察に届けることが重要。
- 人身事故に切り替えるためには、診断書をはじめとする必要書類を担当の警察署に提出する必要がある。
交通事故で物損事故から人身事故への切り替えでお悩みの方は、交通事故の取り扱いのある弁護士へのご相談をおすすめします。