自転車対自転車、自転車対歩行者の自転車事故も、交通事故です。
自転車事故の被害者は、被った損害について、加害者に対して損害賠償を請求することができます。
ただし、自動車利用者と異なり、自転車利用者は保険に未加入のケースが少なくありません。
そこで今回の記事では、自転車事故の被害者は保険から補償を受けることができるのか、保険未加入の場合の影響などについて解説します。
愛知大学、及び愛知大学法科大学院卒。2010年弁護士登録。アディーレに入所後,岡﨑支店長,家事部門の統括者を経て,2018年より交通部門の統括者。また同年より、アディーレの全部門を統括する弁護士部の部長を兼任。アディーレが真の意味において市民にとって身近な存在となり、依頼者の方に水準の高いリーガルサービスを提供できるよう、各部門の統括者らと連携・協力しながら日々奮闘している。現在、愛知県弁護士会所属。
自転車事故の被害者における保険の補償
自転車も、道路交通法上は「車両(軽車両)」に分類されており(道路交通法2条1項8号、11号、11号の2)、自転車乗車中に車両と衝突した場合や、歩行中に自転車と衝突した場合でも、自動車が関連する事故と同様に、交通事故となります。
しかしながら、自転車対自転車、自転車対歩行者の交通事故の場合(自動車やバイクが関連しない事故の場合)には、自賠責保険からは補償を受けることができないことには注意が必要です。
以下、自転車事故の当事者となったときに、どのような保険から補償が受けられるのかについて解説します。
(1)自転車運転中に自動車・バイクと事故に遭った場合
自分が自転車、相手方が自動車・バイクの事故の場合は、基本的に相手方加入の自賠責保険と任意の自動車保険を利用することができ、それらの保険から補償を受けることができます。
ただし、自分側(自転車)の事故の過失割合が多く、被った損害が少ないような場合には、逆に相手方が被った損害について賠償金を支払わなければならない可能性があります。
このような場合には、自分が加入する自転車保険や、自動車保険に人身傷害保険や個人賠償責任保険を付帯させていれば、自分や相手方にかかる治療費などを補償することができます。
保険の名称は保険会社によって異なりますし、具体的なケースにおいて保険が利用できるかどうかについては契約内容によって異なりますので、保険会社に問い合わせて確認するようにしましょう。
自転車保険や個人賠償責任保険は、共済や生命保険・損害保険会社の特約や、クレジットカード会社提携の勧誘などで、家族含めて月額数百円程度の負担の保険商品が多数でてきています。自転車保険を義務化(罰則無し)する地方自治体が増えており、子どものクラブ活動の際に個人賠償責任保険の加入を条件とされることがあり、自転車保険や個人賠償責任保険の加入者は増えてきています。
(2)歩行中に自転車と事故に遭った場合
自分が歩行者、相手方が自転車の事故の場合は、基本的に相手方加入の自転車保険か自動車保険の特約から補償を受けることができます。
しかしながら、自転車保険の加入率や、自転車事故に対応する自動車保険の特約の付帯率はそこまで高くないのが実情ですので、相手方が保険未加入の場合、保険からは補償を受けられない可能性があります。
このような場合には、加害者に対して直接、損害賠償を請求することになります。
保険未加入の場合に自転車事故の被害者が受ける影響
加害者が自動車・バイク(原付含む)の場合、自賠責保険は法律で加入が強制されている保険(※)ですので、加害者が任意の自動車保険に未加入の場合でも、最低限、自賠責保険から補てんを受けることができます。加害者が無保険でも、自賠責保険相当分は政府保障事業から補償を受けられます。
(※)自賠責無保険の状態で自動車、バイク(原付)を運転する(運行させる)と、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金という罰則があります(自動車損害賠償保障法第86条の3第1号)。
しかし、自賠責保険は自動車・バイクが関連する事故のみ対象となりますので、自転車対自転車、自転車対歩行者の交通事故の場合(自動車やバイクが関連しない事故の場合)には、被害者は、加害者加入の自賠責保険からは補償を受けることができません。
したがって、加害者が自転車事故に対応する保険に未加入の場合、次のような影響があります。
(1)保険会社から慰謝料などの損害賠償が受けられない
加害者が保険に未加入ですので、被害者が受けた損害については、加害者に対して直接に損害賠償請求することになります。
自転車と歩行者の事故では、歩行者が死亡したり重篤な後遺症が残ったりするなど、重大な損害が生じることも少なくありません。そのような場合には、損害賠償額は何千万~1億円程度になることもありますが、保険に未加入である加害者がそのような多額の損害賠償を支払える資力があるとは考えにくいのが実情です。
したがって、被害者が裁判を起こすなどして勝訴し、裁判所が高額の賠償金の支払いを加害者に命じたとしても、実際に加害者が支払うことができないおそれがあります。
加害者が支払うことができなければ、被害者は自分が加入する保険から補償を受けられないかどうかを検討する必要があります。
医療保険や傷害保険に加入されている場合、治療費、入院給付金、お見舞金、後遺障害保険金(傷害保険算定)などが、支払われます。(※)
しかし、自身加入の利用できる保険もない場合には、どこからも被害回復が得られない可能性があります。
(※)被害者の加入する保険と加害者の賠償責任の関係
保険には、おおざっぱに「生命保険型」と「損害保険型」の2種類があります。
被害者が「損害保険型」の保険金を受け取ると、加害者の賠償金がその分だけ支払われた扱いになり、被害者が加害者に請求できる賠償金は、保険金を差し引いた残額分となります。
「生命保険型」:
- 死亡、ケガ、病気、生存(=年金)などの事実の発生に基づいて、その種類ごとに一定金額が支払われます。(定額払い)
- 保険料を増やすと、その倍率そのままで支払われる保険金が増えます。
(保険はリスクに対応するための制度ですので、限度はあります) - 基本形として、加害者のいることをあまり想定していません。
- 保険会社は、被害者に代位しません。
- 被害者が保険金を受け取っても加害者の責任が減ることはありません。
=保険金は、保険料の対価・払戻しとして完結します。
「損害保険型」:
- 偶然の事故により発生した損害額に基づいて、上限支払額(保険金額)の範囲内で損害が補填されます。(実損払い)
- 保険料を増やしても、上限支払額が上がるだけで、損害に対して支払われる保険金は変わりません。
- 基本形として、加害者がいること(第三者行為)を想定する傾向があります。
- 損害保険会社は、支払った保険金の範囲で、被害者に代位します。
(保険代位。過失が絡むと複雑な議論があります) - 被害者が保険金を受け取ると、加害者の賠償責任が減額されます。
(損益相殺、二重利得の禁止)
(2)示談交渉が難しい
車やバイクが当事者となる交通事故では、一般的に、任意の自動車保険会社の担当者が、当事者の意見を聞きながら、当事者代わりに解決のための示談交渉を行います。
また、自転車対自転車、自転車対歩行者の自転車事故でも、示談交渉サービスが付帯された自転車保険や個人賠償責任保険に加入している場合には、保険会社の担当者や弁護士が当事者の代わりに示談交渉を行います。
このような、保険会社を示談交渉を行う場合には、交通事故紛争について一定程度の知識と解決実績がありますので、客観的な資料や証拠に基づいて、一定の基準を前提にして冷静に話し合うことができます。
しかしながら、加害者が保険未加入の場合には、このような示談交渉サービスも利用することはできませんので、加害者本人と直接示談交渉する必要があります。
直接の示談交渉は、交通事故に関して素人同士の話し合いになりますので、客観的な資料や証拠に基づくことなく、共通の基準を前提にすることも難しく、「自分は悪くない」「過失割合はそちらが多いはずだ」などと、感情的な言い合いになってしまい、示談交渉がうまく進まない可能性があります。
示談で解決することは、双方にとって早期解決というメリットがありますが、感情的な諍いで示談交渉が決裂してしまうと、お互いに傷つけあうだけでなく、訴訟による解決を選択せざるを得なくなり、解決までに時間がかかります。
(3)後遺障害の認定機関がない
自動車・バイクが関連する事故の被害に遭い、後遺症が残った場合には、自賠責保険の後遺障害等級認定を受けることで、後遺障害部分についての損害(逸失利益や後遺症慰謝料など)についても加害者側に請求することができます。
しかしながら、自動車・バイクの関係しない自転車事故の場合には、このような実務上の制度が存在しません。したがって、被害者が、自分で医療記録や診断書を準備したうえで、「自分に残った後遺症は、後遺障害等級の〇級相当である」ことを証明する必要があります。
加害者がその主張を受け入れればよいのですが、後遺障害の有無や等級の妥当性について争ってくる可能性もあり、話し合いで決着がつかないこともあります。
そうすると、最終的にはやはり訴訟による解決を目指すことになります。
被保険者がケガをして後遺症が残った時、「労災保険等級」を基準にして後遺障害等級を認定して保険金を支払うタイプの「傷害保険」があります。被害者が加入していた「傷害保険」の後遺障害等級認定がある場合は、その等級を、交渉や訴訟で参考にすることができます。
自転車事故の問題を弁護士に相談すべき理由
自転車事故であっても、交通事故に変わりはありません。
自転車事故の被害に遭った場合に、交通事故の対応をしている弁護士に相談することには、次のようなメリットがあります。
(1)示談交渉がスムーズになる
弁護士は交渉のプロですので、依頼者の意図や希望を聞きながら、法的知識や経験に基づいて、冷静に加害者側と交渉をすることができます。
必要な資料や書面の作成も行います。
また、加害者本人と直接話すことはストレスになることがありますが、弁護士に依頼すれば加害者本人と接触する必要はありませんので、ストレスを回避することもできます。
加害者側に対しても、弁護士からの連絡を受けることで、真摯な対応があることを期待することができます。
(2)損害賠償が受けやすくなる
自転車事故の当事者同士で示談交渉すると、感情的な諍いで示談交渉が長引いたり、決裂しまったりすることが少なくありません。
示談による解決は、双方にとって早期解決というメリットがありますし、実際に多くの交通事故は示談で解決していますので、まずは示談による解決を目指すべきです。
弁護士が介入すれば、法的な根拠のある賠償額を提案し、冷静に相手方と話し合い説得を試みることができますので、相手方も感情的にならずに、こちらの話を理解して納得する可能性が高まります。
自動車保険の弁護士特約は自転車事故に適用される?
自転車事故について、自動車保険に付帯する弁護士費用特約を利用できるかどうかは、状況によって異なります。
今のところ、自動車保険の通常の弁護士費用特約は、加害者か被害者のどちらかが車・バイク(原付)のケースのみ利用できることになっている商品がほとんどのようです。
したがって、残念ながら、歩行中のご家族が加害者の自転車に大けがをさせられたり、自転車同士で衝突して双方ケガをしたような場合には、自動車保険の通常の弁護士特約は使えないケースが多いと言えます。
ただし、「日常生活弁護士費用特約」を付帯させている場合には、自動車事故以外の日常生活における事故の解決を弁護士に依頼する際の弁護士費用が補償されます。
日常生活弁護士費用特約は、自動車保険だけでなく、火災保険や傷害保険に付帯して加入することもできますので、自分や家族が加入していないかどうかを確認するようにしましょう。
具体的ケースで特約を利用できるかについては、契約内容によって異なりますので、保険会社に問い合わせるとよいでしょう。
【まとめ】自転車事故の被害者でお悩みの方は弁護士にご相談ください
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 自転車事故の被害者は、通常の交通事故と同様に、加害者に対して損害賠償請求できる。
- 自動車と異なり、自転車利用者は、保険に未加入の場合が多い。
- 自転車事故の被害者になった場合、相手方が自転車保険や自動車保険の特約に加入している場合、その保険により補償を受けることができる。
- 自転車事故の加害者が保険未加入の場合、自身加入の保険で被害回復できないかを検討する。
- 「日常生活弁護士費用特約」がある場合は、自転車事故でも弁護士特約が使える。
- 加害者が保険未加入の場合、示談交渉が難航したり、資力の関係から損害賠償を受け取ることができないおそれもある。
自転車事故の被害に遭い、損害賠償額、利用できる保険、示談交渉などについてお悩みの方は、交通事故に対応している弁護士に一度ご相談ください。