Iさんは、自動車を運転中に追突事故にあって顔面を強打し、上の前歯を2本折ってしまいました。Iさんは、大事な前歯を失ってしまい精神的なショックを受けています。
歯の欠損が後遺障害と認定されると、治療費などに加えて、後遺症慰謝料などを加害者に対して請求できるようになります。
その際、請求できる慰謝料の額は、歯の欠損の本数や程度によって変わってきます。
この記事では、交通事故により前歯などが折れてしまった場合の、
- 後遺障害とは
- 歯の欠損による後遺障害認定
- 歯の後遺障害認定における注意点
について、弁護士が解説します。
愛知大学、及び愛知大学法科大学院卒。2010年弁護士登録。アディーレに入所後,岡﨑支店長,家事部門の統括者を経て,2018年より交通部門の統括者。また同年より、アディーレの全部門を統括する弁護士部の部長を兼任。アディーレが真の意味において市民にとって身近な存在となり、依頼者の方に水準の高いリーガルサービスを提供できるよう、各部門の統括者らと連携・協力しながら日々奮闘している。現在、愛知県弁護士会所属。
後遺障害とは
交通事故でケガを負った場合、治療してもこれ以上回復できない状態で症状が残ることがあります。これを「後遺症」といいます。
「後遺障害」とは、このように交通事故で負った後遺症のうち、自賠責保険の基準に基づき、所定の機関(損害保険料率算出機構など)により障害を認定されたものをいいます。
後遺障害は1~14級(および要介護1級・2級)の等級に分かれており、1級の症状が最も重く、症状が軽くなるに従って2級、3級……と等級が下がっていきます。
各等級で、視力・聴力・四肢・精神・臓器など部位に応じた障害の認定基準(各号)が定められています。
後遺障害が認定されると、被害者は加害者に対し、治療費や休業損害(ケガのために仕事を休んだことによって失った収入)などに加え、後遺症慰謝料や後遺障害逸失利益も請求できるようになります。
交通事故における歯の欠損とは?
歯科医療における「欠損」とは、虫歯や歯周病などで本来の状態の歯でなくなったことをいいます。
一方、交通事故の後遺障害の観点では、歯の「欠損」とは歯に歯科補綴を加えることをいいます。
歯科補綴(しかほてつ)とは、義歯やブリッジ、インプラントなどで歯を補強することをいいます。

虫歯治療のような穴を埋めるインレー、歯のヒビや神経の治療は歯科補綴にはあたりません。したがって、これらの治療のみでは後遺障害には該当しません。
歯の欠損における後遺障害認定
以上を前提として、冒頭のIさんのように前歯が折れてしまった場合にも後遺障害が認定されるのか、後遺障害等級の認定基準について見ていきましょう。
(1)前歯の欠損でも後遺障害に認定される
交通事故で歯科補綴をすると、歯牙障害として後遺障害等級を申請できます。
具体的には、後遺障害10~14級のいずれかに該当する可能性があります(下表)。
【歯の欠損に関する後遺障害】
等級 | 認定基準 | 後遺症慰謝料の相場(※) |
---|---|---|
10級4号 | 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 550万円 |
11級4号 | 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 420万円 |
12級3号 | 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 290万円 |
13級5号 | 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 180万円 |
14級2号 | 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 110万円 |
(※)弁護士が示談交渉などにあたる場合に用いられる、弁護士基準による金額
後遺障害に認定される歯の欠損とは、
- 現実に喪失した
- 見えている部分の4分の3以上が欠損した歯に歯科補綴がなされた
のいずれかの場合に限られます。
また、上記の表からも分かるように、歯の欠損により後遺障害に認定されるのは、最低でも3本の欠損からということになります。
ただし、2本の歯が折れてブリッジした場合、ブリッジを含めて3本以上になると後遺障害の対象となります。
(2)加重障害で慰謝料額が差し引かれることがある
加重障害とは、当該事故の前に、すでに別の事故や治療で歯を喪失・欠損したり、義歯になっており、当該事故でさらに歯科補綴を加えることをいいます。
この場合、事故前の歯の状態も加味されるため、当該事故で受けた被害よりも上位の等級に認定される可能性があります。
この場合は、事故前から存在する歯の欠損(歯科補綴)の本数に相当する慰謝料額が差し引かれます。
なお、交通事故による後遺症慰謝料について詳しくはこちらの記事もご確認ください。
(3)咀嚼・言語機能障害による併合障害
歯が欠損するほど顔面を負傷した場合、例えばあごの骨を折るなどして咀嚼(そしゃく。食べ物をかみ砕くこと)機能や言語機能にも障害が残る場合があります。
具体的には、後遺障害10~14級のいずれかに該当する可能性があります(下表)。
【咀嚼・言語機能に関する後遺障害】
等級 | 認定基準 | 後遺症慰謝料の相場(※) |
---|---|---|
1級2号 | 咀嚼及び言語の機能を廃したもの | 2800万円 |
3級2号 | 咀嚼又は言語の機能を廃したもの | 1990万円 |
4級2号 | 咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの | 1670万円 |
6級2号 | 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの | 1180万円 |
9級6号 | 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの | 690万円 |
10級3号 | 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの | 550万円 |
(※)弁護士が示談交渉などにあたる場合に用いられる、弁護士基準による金額
【咀嚼機能障害について】
- 「咀嚼機能を廃したもの」とは、流動食以外は摂取できない状態をいいます。
- 「咀嚼機能に著しい障害を残すもの」とは、お粥などやわらかい飲食物以外は摂取できない状態をいいます。
- 「咀嚼機能に障害を残すもの」とは、ある程度の固形摂取できるものの、それ以上硬い物については全く咀嚼できないか、または十分に咀嚼できない状態をいいます。
【言語機能障害について】
言語機能障害とは、語音の発音不能に関する障害です。
語音には下記の4つがあります。
ア 口唇音(ま行音、ぱ行音、ば行音、わ行音、ふ)
イ 歯舌音(な行音、た行音、だ行音、ら行音、さ行音、しゅ、し、ざ行音、じゅ)
ウ 口蓋音(か行音、が行音、や行音、ひ、にゅ、ぎゅ、ん)
エ 喉頭音(は行音)
- 「言語の機能を廃したもの」とは4つの語音のうち、3つ以上が発音不能になった状態をいいます。
- 「言語の機能に著しい障害を残すもの」とは、4つの語音のうち、2つの発音が不能になったもの、または語音を一定の順序で連結させる綴音(てつおん)の機能に障害があるため、言語のみを用いては意思を疎通することができない状態をいいます。
- 「言語の機能に障害を残すもの」とは、4つの語音のうち、1つの発音が不能の状態をいいます。
このように、歯の欠損以外の後遺障害が認められる場合、併合障害として等級がくり上がる可能性があります。
併合の基本ルールを早見表にすると、次のようになります。
【後遺障害等級の併合早見表】
最も重い等級 | |||||
---|---|---|---|---|---|
1~5級 | 6~8級 | 9~13級 | 14級 | ||
次に重い等級 | 1~5級 | 最も重い等級 +3級 | |||
6~8級 | 最も重い等級 +2級 | 最も重い等級 +2級 | |||
9~13級 | 最も重い等級 +1級 | 最も重い等級 +1級 | 最も重い等級 1級 | ||
14級 | 最も重い等級 | 最も重い等級 | 最も重い等級 | 14級 |
【具体例】
- 併合前の等級が4級と5級に該当する場合……重い方の4級を3つ繰り上げ、併合後は合わせて1級となる(併合1級)。
- 併合前の等級が5級と8級に該当する場合……重い方の5級を2つ繰り上げ、併合後は合わせて3級となる(併合3級)。
- 併合前の等級が12級と13級に該当する場合……重い方の12級を1つ繰り上げ、併合後は合わせて11級になる(併合11級)。
- 併合前の等級が14級に2つ該当する場合(例:まぶたの障害(14級1号)と歯の補てつ(14級2号))……併合後も14級のまま
(4)歯の欠損で後遺障害等級が認定された事例
歯の欠損で後遺障害等級が認定された具体例としては、下記のものがあります。
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前歯の後遺障害認定における注意点
では次に、前歯を始めとする歯の欠損で後遺障害認定を申請するときの注意点を説明します。
(1)症状固定まで治療を受け続ける
後遺障害の認定を受けるためには、治療を続けても回復が見込めない「症状固定」まで治療を続ける必要があります。
咀嚼や言語機能障害の場合、リハビリで症状が回復する可能性もありますが、いずれにしても医師が症状固定と診断するまできちんと治療を続けることが重要です。
(2)後遺障害診断書の作成
医師に症状固定と認められたら、歯科用の後遺障害診断書を作成してもらいましょう。
歯科医師によっては、後遺障害診断書を作成した経験がなく、後遺障害の等級認定のためには不十分な記載をされるケースもあります。
その場合、弁護士に相談すれば、後遺障害診断書の作成の段階で記載が必要な事項についてアドバイスを受けることができます。
(3)逸失利益が認められない可能性がある
逸失利益とは、後遺障害により労働能力を喪失したことによって、将来得られるはずだったのに得られなくなってしまった収入をいいます。
この点、歯の欠損の場合は労働能力の喪失が認められず、後遺障害認定を受けても逸失利益が損害として認められないことがあります。
もっとも、咀嚼や発声に障害が残り、業務に支障がある場合は逸失利益が認められることもあります。
歯の欠損により逸失利益が認められるかどうかの判断には、医学的な知識だけでなく法律的な知識も必要となります。
歯の欠損により逸失利益が認められるかどうかについてお悩みの方は、弁護士に相談されることをおすすめします。
(4)歯科補綴のインプラントは要注意
歯科補綴でインプラントを行う場合、治療費が全額補償されると勘違いし、高額なインプラント治療をするケースも見られます。
しかし、安易に高額な素材を使うと、交通事故と相当因果関係がない、治療でなく審美目的であるなどとみなされ、支払いの対象外となることがあります。
この場合、加害者側から支払われる治療費が減額され、超過分は自費で支払うことになる可能性があるため、注意が必要です。
【まとめ】交通事故による前歯の欠損についてはアディーレ法律事務所にご相談ください
交通事故で歯が欠けたり折れるなどして、歯科補綴を受けた歯は「欠損」とみなされます。
前歯の欠損でも一定の場合は後遺障害等級に認定され、また他の障害との併合が認められるとさらに上位の等級が認められることもあります。
後遺障害等級の申請には症状固定が必要です。したがって、症状固定まで治療を続けることが重要です。
また、後遺障害等級を申請する際は、後遺障害診断書の書き方など、注意すべき点がいくつかあります。
前歯をはじめとする歯の欠損で後遺障害の認定をお考えの方は、アディーレ法律事務所にご相談ください。