交通事故に遭遇し、車が大きく損傷してしまった。修理費用はどうなるのか、愛車が傷ついて受けた苦痛について慰謝料はもらえるのか—。
物損事故に巻き込まれた際、多くの人がこのような疑問を抱きます。
しかし、物損事故における慰謝料は、原則認められません。
本記事では、弁護士の視点から、物損事故と慰謝料の関係、例外的に慰謝料が認められるケース、そして適切な対応方法について詳しく解説します。
あなたの権利を守り、適切な補償を受けるための重要な情報をお届けします。
この記事を読んでわかること
- 物損事故と人身事故の違い
- 物損事故で原則慰謝料が認められない理由
- 物損事故で例外的に慰謝料が認められるケース
- 物損事故から人身事故に扱いを変えるべき場合
ここを押さえればOK!
物損事故で請求できる損害賠償の範囲には、車両修理費用、代車料、休車損害(事業用車両の場合)、評価損、買替え差額(全損など)があります。
例外的に慰謝料が認められるケースとして、飼い犬が重傷を負った・死亡した場合や、住居が損壊された場合があります。ただし、実際に慰謝料が認められるかどうかは、具体的な状況に応じて判断されます。
軽微なケガでも、症状が悪化する可能性や、適切な補償を受ける観点からも、人身事故として対応することが重要です。
物損事故の損害賠償請求の流れは、事故直後に警察へ連絡、保険会社へ連絡、事故証明書の取得、証拠収集、交渉、必要に応じて弁護士相談や訴訟検討となります。
保険会社との交渉では、損害の全容把握、提示金額の根拠確認、過失割合の判断根拠の確認、粘り強い交渉、交渉経過の記録、示談書への慎重なサインが重要です。
弁護士相談の際は、弁護士費用特約の有無を確認し、費用対効果を考慮することが大切です。適切な対応により、自身の権利を守り、適切な賠償金を受け取るようにしましょう。
東京大学法学部卒。アディーレ法律事務所では北千住支店の支店長として、交通事故、債務整理など、累計数千件の法律相談を対応した後、2024年より交通部門の統括者。法律を文字通りに使いこなすだけでなく、お客様ひとりひとりにベストな方法を提示することがモットー。第一東京弁護士会所属。
物損事故と人身事故との違い
物損事故とは、人的被害がなく、車両や物品などの物的損害のみが発生した事故を指します。一方、人身事故は人的被害を伴う事故です。
この違いが慰謝料請求の可否に大きく影響します。
人身事故の場合は、たとえ軽微なケガであっても慰謝料を請求できる可能性があります。そのため、事故直後は無症状でも、後日症状が現れた場合には速やかに医療機関を受診し、診断書を取得することが重要です。
物損事故で慰謝料が認められない理由
物損事故では原則として慰謝料は認められません。
交通事故の慰謝料は、基本的に交通事故によりケガをさせられたという精神的苦痛に対する損害賠償です。
「物」が壊れたことの精神的苦痛は、一般的には修理費などの財産上の損害が賠償されることにより、精神的苦痛も慰謝されることになると考えられています。
したがって、物的損害についての慰謝料は原則として認められません。
ただし、後で説明するように例外的に慰謝料が認められるケースもあります。
物損事故で実際に請求できる損害賠償の範囲
物損事故で請求できる損害賠償の項目には、次のようなものがあります。
適切に請求を行うことで経済的損失を最小限に抑えることができます。
- 車両修理費用
- 代車料
- 休車損害(事業用車両の場合)
- 評価損
- 買替え差額(全損など)
(1)車両修理費用
車両修理費用は、事故による損傷を修理するために、必要かつ相当な範囲の費用を請求できます。
例えば、フロントドアの凹みを修復できる場合には、全部交換することは必要かつ相当な範囲を超えるとして、費用を請求できないこともあります。
車両の修理は、勝手にすることなく見積もりを取ったうえで、保険会社と話し合いながら進めるようにします。
(2)代車料
代車料は、自車の修理期間中に代替車両を借りた場合の費用です。通常、実際に代車を借りた日数分の料金が補償されます。
ただし、必要かつ相当と認められる範囲に限られます。
(3)休車損害
休車損害は、事業用車両が使用できないことによる営業上の損失を指します。タクシーや運送業など、車両を使用して収入を得ている場合に請求できます。
(4)評価損
評価損は、事故により修理後も残る車両の価値低下分を指します。
評価損は、車種や修理の程度などの事情によって異なります。
(5)買替え差額(全損の場合)
全損とは、車両の修理費用が車両の時価額を上回る場合や、修理が不可能な場合を指します。全損で、車を買い替えた場合には、事故直前の車の時価額+事故車両の下取り価額を差し引いた「買替え差額」を請求できます。
評価損については、全損の場合は車両の全価値が失われたとみなされるため、別途考慮されません。
買替えにかかる次のような費用も請求できます。
- 廃車費用
- 登録手数料
- 車庫証明手数料
- 納車手数料 など
ただし、自動車保険で「新車特約」を付帯している場合には、全損であっても、新車価格での補償が認められることがあります。
物損事故で慰謝料が認められる極めて稀なケース
物損事故では原則として慰謝料は認められませんが、例外が存在します。
これらの例外的なケースでは、単なる物的損害の賠償では慰謝されない精神的苦痛が認められる可能性があります。
主な例外的ケースは以下の通りです。
- 飼い犬が重傷を負った・死亡
- 住居の損壊
ただしこのケースでも、常に慰謝料が認められるわけではなく、具体的事案に応じて慰謝料が認められるかどうかが判断されます。
(1)飼い犬が重傷を負った・死亡
犬を飼っている方からすれば、犬は大事な家族ですが、法律上犬は「物」とされます。
そこで、飼い犬が交通事故でケガをした・死亡しても、人がケガをしていなければ、物損事故として扱われます。
ただし、交通事故で家族同然のペットが重傷を負ったり死亡したりし、一般の人でも著しい精神的苦痛を受けるだろう特別な財産が壊れたといえる場合には、慰謝料が認められる余地があります。
実際に、飼い主が被った精神的苦痛に対して慰謝料の請求が認められるかどうかは、ペットのケガの内容や飼育年数などを考慮して判断されます。
ケガの程度によっては、慰謝料までは認められないとされることもあります。
慰謝料の支払いが認められたとしても、残念ながら数十万円であることが多く、高額な慰謝料の請求は困難でしょう。
(2)住居の損壊
交通事故で住居が損壊され、損壊した住居での生活を余儀なくされたケースでは、その損壊の程度や生活期間などを考慮したうえで、例外的に慰謝料が認められる可能性があります。
ケガをしているのに物損事故とされているときはどうすればいい?
軽微なケガや痛みがある場合、または事故直後は無症状でも後日症状が現れた場合は、すぐに病院を受診して診断書をもらい、警察に物損事故ではなく人身事故として扱うようにしてもらってください。
「ケガはすぐ直るだろうし物損でもいい」と思うかもしれませんが、適切な補償を受けるためだけでなく、治療を受けて自身の健康を守るためにも重要です。
物損事故であっても、ケガしている以上慰謝料などの請求は可能ですが、加害者側の保険会社が物損事故とされているために支払いを拒むかもしれません。
人身事故として扱うことで、慰謝料を含む適切な補償を受けられる可能性が高まります。また、将来的な症状の悪化にも対応しやすくなります。
不安な点がある場合は、交通事故を扱っている弁護士に相談することをおすすめします。
軽微なケガでも人身事故として対応する重要性
軽微なケガであっても、人身事故として対応することが重要です。その理由は以下の通りです。
- 症状が悪化する可能性がある
:事故直後は痛みをあまり感じなくても、後日悪化する可能性がある - 適切な補償を受けられる
:慰謝料や治療費など、物損事故では請求できない項目が対象となる - 因果関係の立証が容易になる
:事故直後の診断結果があれば交通事故とケガの因果関係を示す証拠となる
軽微なケガの具体例:
- わずかな痛みやしびれ
- 軽度の打撲や擦り傷
- 違和感や不快感
これらの症状がある場合は、必ず事故直後に医療機関を受診し、診断書を取得してください。また、症状の経過を日記などに記録することも有効です。軽微なケガを軽視せず、適切に対応することで、将来的なリスクを軽減し、適切な額の賠償金を受け取れる可能性が高まります。
物損事故の損害賠償請求の流れ
物損事故の損害賠償請求は、通常次のような流れで行われます。
- 事故直後に警察に連絡し、事故証明書を取得
- 保険会社に連絡し、初期対応の指示を受ける
- 必要な証拠(事故状況が分かる写真や、修理見積書など)を収集・整理
- 相手方や保険会社と交渉
- 合意に至らない場合は、弁護士に相談または訴訟を検討
特に重要なのは、加害者側との交渉ですので、詳しく説明します。
保険会社との交渉における注意点
保険会社との交渉では、以下の点に注意することが重要です:
- 損害の全容を把握してから交渉を始める
- 修理費用、代車費用、休車損害など、すべての損害項目を確認
- 提示された金額の根拠を確認する
- 賠償額の内訳と計算方法を詳細に説明してもらう
- 過失割合の判断根拠を確認する
- 事故状況や証拠に基づいた説明を求める
- 必要に応じて反論する
- 納得できない点は粘り強く交渉する
- 自身の主張の根拠を明確に示す
- 必要に応じて追加の証拠や資料を提出する
- 交渉経過を記録する
- 日時、対応者、交渉内容を詳細に記録
- 重要な合意事項は書面で確認する
- 安易に示談書にサインしない
- 内容を十分理解してから署名する
- 不明な点は必ず確認してから同意する
保険会社との交渉では、自身の権利を適切に主張することが重要です。ただし、感情的にならず、事実と証拠に基づいた冷静な対応が求められます。交渉が難航する場合や不安がある場合は、物損事故を扱っている弁護士に相談することも検討しましょう。
物損事故における弁護士相談の注意点
物損事故の場合、軽微な故障だと、賠償額が数十万円程度ということもあります。
仮に賠償額に不満があり、弁護士に依頼して増額をめざして交渉したいと思っても、一般的に弁護士費用も少なくとも数十万円はかかりますので、弁護士費用の負担を考えると、逆に損をしてしまうおそれもあります。
ただし、弁護士費用特約を利用できる場合には、弁護士費用は基本的に保険がカバーしてくれますので、物損事故でも弁護士に依頼する経済的メリットがあるでしょう。
弁護士に一度相談したいと思った場合には、まず使える弁護士費用特約があるかどうかを確認することをお勧めします。
また、弁護士費用特約が使えなくても、相談だけならそこまで費用はかかりませんので、まずは物損事故を扱う弁護士に相談してみて、実際に依頼するかどうかを検討するとよいでしょう。
【まとめ】物損事故では原則として慰謝料は請求できない
物損事故では原則として慰謝料は認められませんが、賠償請求できる項目を理解していれば、正当な損害賠償を受ける助けとなります。
事故直後に痛みは感じなくても、しばらくして痛みが生じることもあります。そのときはすぐに病院へ行って診断書をもらうようにしましょう。
人身事故となった場合には、もらえる賠償金の項目も増え、計算も複雑になりますので、弁護士に相談することをおすすめします。
適切に対応することで、自分自身の権利を守り、適切な賠償金を受け取る可能性を高めることができるでしょう。