長時間労働の防止・労働時間の短縮を目的に、「働き方改革」の名のもと、法律的な面でもさまざまな規定が整備されるに至っています。
それでも、業務上の必要性といった社内事情や、求められる成果を挙げなければならないなどの理由から、一定の時間外労働や休日労働をしなければならないというケースも現実にはあるでしょう。
しかし、度が過ぎる長時間労働は健康被害や精神障害なども引き起こしかねないだけに、健康的な生活を送るための対処をきちんとしておく必要があります。
年間の労働時間が次の上限を超えているようであれば、健康に対して危険なサインが点灯しているといえるでしょう。
年間の法定労働時間の上限は、1年が365日の年であれば、約2085時間です。
まずはご自身の労働環境や労働時間を把握することが大切です。
そこで今回は、
- 年間の労働時間の考え方
- 柔軟な働き方と労働時間
- 長時間労働を強いられた場合の対処法
について弁護士が解説します。
中央大学卒、アディーレ入所後は残業代未払いの案件をメインに担当し、2018年より労働部門の統括者。「労働問題でお悩みの方々に有益な解決方法を提案し実現すること」こそアディーレ労働部門の存在意義であるとの信念のもと、日々ご依頼者様のため奮闘している。東京弁護士会所属。
年間労働時間は、「法定労働時間」「時間外労働」それぞれの労働時間を合計して算出する
労働時間にあたるのは、始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を差し引いた時間です。
その内訳は、通常賃金が適用される「法定労働時間内の労働時間」と、通常賃金に割増賃金が加算される「時間外労働」の2種類となります。
(1)そもそも「労働時間」とは?
そもそも「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間」のことをいうとされています。また、労働時間にあたるかどうかは、労働者及び使用者の当事者双方が労働契約上で合意した内容等にかかわらず、客観的に定まるものと解釈するべきであるとされます。
これは、過去の判例によって確立された「労働時間」の定義です。
なお、この定義からも分かるように、休憩時間は、労働時間には含まれません。
厚生労働省が定めている「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも、「労働時間」の意義については次のように説明されています。
「労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものである」
参考:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(3 労働時間の考え方)|厚生労働省
労働時間に関連して問題になりやすいのが、次のような時間についての扱いです。
- 始業前の準備や朝礼
- 終業後の片づけ・清掃
- 着替え等の業務準備行為に要する時間
- 研修参加、業務時間外の学習などに要した時間
これらに関しても、労働者が使用者から義務付けられ、又はこれらを余儀なくされたときは、特段の事情のない限り、「使用者の指揮命令下に置かれたもの」と評価することができ、労働基準法上の労働時間にあたるとされています。
使用者は、労働時間の状況を記録した上で、その記録を3年間保存する義務があります。
(2)「法定労働時間」とは?「所定労働時間」とどう違う?
労働基準法32条において、労働時間は、原則として「1日8時間以内・1週40時間以内」とすることと定められており、この上限の枠のことを「法定労働時間」といいます。
1項 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
引用:労働基準法32条
2項 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
これに対して、就業規則等で会社が独自に定める労働時間のことを「所定労働時間」といいます。
(3)「時間外労働」とは?いわゆる「残業」とどう違う?
一般的に、「残業」という言葉からは、会社ごとの「所定労働時間」を超える労働時間のことを連想することが多いかもしれません。
しかし、法律的には、労働基準法32条で定められている「法定労働時間」を超える労働のことを「時間外労働」と呼んでいます。
例えば、所定労働時間が9〜17時(間に1時間の休憩時間)とされている7時間勤務のケースで、19時まで残業すると、いわゆる「残業」時間は2時間(17〜19時)となりますが、法律的な「時間外労働」としては、法定労働時間の1日8時間を超える分の1時間(18〜19時)ということになります。
時間外労働に対しては、会社は所定の割増賃金率を加算した賃金を労働者に支払わなければなりません。
一方で、法定労働時間内の残業(上記の例でいえば17~18時の1時間)に対しては、通常の賃金を支払えばよいということになります。
休日出勤についても、会社ごとの「所定休日」と法律上の「法定休日(1週間につき1日の休日)」は別個のものとして扱われます。
すなわち、法律上の「休日労働」にあたるのは、あくまで法定休日にした労働です。
法定休日以外の所定休日(法定外休日)にした労働は「休日労働」にあたらず、労働時間及び賃金の計算にあたっては、法定労働時間内での労働もしくは時間外労働としてカウントされることになります。
会社が労働者に時間外労働や休日労働をさせる場合は、あらかじめ労使間で「36協定」を締結し、労働基準監督署に届出をしなければなりません。
年間の「法定労働時間」の上限は約2085時間
1年間の週数は、うるう年を除いて52.14(365日÷7日)です。
したがって、年間の労働時間の上限は、1週あたりの法定労働時間の上限「40時間」に1年間の週数「52.14週」をかけて得られる「約2085.7時間」ということになります。
「時間外労働」の上限は原則として「月45時間・年360時間」
いわゆる「働き方改革関連法」の施行により、長時間労働の是正を目的とした「時間外労働の上限規制」が、大企業では2019年4月から、中小企業では2020年4月から適用されています(一部の業種や業務については、適用が2024年4月まで猶予・除外されます)。
「時間外労働の上限規制」の内容は、次のとおりとなっています。
- 時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間を超えることはできません(労働基準法36条4項)。
- 繁忙期やトラブル対応等、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合であれば、36協定に特別条項を入れることによって、時間外労働の上限を延長することができますが、その場合でも、次のような上限規制を守らなければなりません。
- 時間外労働は年720時間以内(労働基準法36条5項かっこ書き)
- 時間外労働及び休日労働の合計が、複数月(2~6ヶ月のすべて)平均で80時間以内(同法36条6項3号)
- 時間外労働及び休日労働の合計が、1ヶ月当たり100時間未満(同法36条6項2号)
- 原則である1ヶ月当たり45時間を超えられるのは1年につき6ヶ月以内(同法36条5項かっこ書き)
また、これらに違反した場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されるおそれがあります(同法119条)。
参考:時間外労働の上限規制 働き方改革特設サイト|厚生労働省
詳しくはこちらの記事もご確認ください。
柔軟な労働時間制と、労働時間の定め
労働者が柔軟な働き方を実現できるように、法定労働時間の弾力的な運用が認められている労働形態もあります。
次では、そのような労働形態に該当する制度の代表例を紹介します。
(1)変形労働時間制
変形労働時間制は、一定期間(1年・1ヶ月・1週)において、期間内の労働時間が平均して「1週間あたり40時間以内」に収まるのであれば、使用者は労働者に対して、特定の日や週に法定労働時間を超えて労働させることができるという制度です。
詳しくはこちらの記事もご確認ください。
(2)フレックスタイム制
フレックスタイム制は、一定期間(1〜3ヶ月)の中で一定時間労働することと定め、期間内の労働時間が平均して「1週40時間以内」に収まるのであれば、労働者が自主的に始業時刻・終業時刻を決定できるという制度です。
もっとも、使用者が労働時間の管理をしなくてもよいというわけではなく、この制度のもとでも、使用者には労働者の各日の労働時間を把握する義務があります。
参考:フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き|厚生労働省
(3)みなし労働時間制
みなし労働時間制では、実際の労働時間とは関係なく、あらかじめ労使間で取り決めた労働時間数に相当する分の賃金が支払われます。
みなし労働時間制には、「事業場外みなし労働時間制」と「裁量労働制」の2つがあり、「裁量労働制」はさらに「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」に分かれます。
「労働基準法違反かも?」と思ったら、ひとりで抱え込まずに専門家に相談しよう
「慢性的に1ヶ月の時間外労働が45時間を超えている場合」や「所定労働時間が8時間で、年間休日が105日未満の場合」等は、労働基準法に違反した働き方を強いられている可能性があります。
個人で会社に申入れをしても応じてもらえない場合や、話がまとまらない場合は、公的機関や弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
具体的な対処法についてご紹介します。
(1)労働時間の実態を示す証拠を集めよう
原則として、労働時間については、タイムカードやPC使用時間の履歴等の客観的な記録が証拠となります。
ただし、客観的な記録を用意することが難しい場合は、業務指示書や電子メールの送受信履歴、研修資料や日報、オフィスビルへの入退館記録等も、証拠として有用と扱われる可能性があります。
詳しくはこちらの記事もご確認ください。
(2)労働トラブルに精通した弁護士や公的機関に相談しよう
弁護士に相談すると、法律や判例等に基づいたアドバイスを得られるほか、使用者との交渉を依頼することもできます。
弁護士以外の相談先としては、まず労働基準監督署があります。
労働基準監督署は、労働基準法違反が疑われる会社に対して調査・指導等を行う、厚生労働省の第一線機関です。
参考:労働基準監督署の役割|厚生労働省
参考:全国労働基準監督署の所在案内|厚生労働省
詳しくはこちらの記事もご確認ください。
その他に、次のような公的機関の相談窓口等も用意されています。
- 管轄の労働基準監督署や各都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」
- 厚生労働省の「労働条件相談ほっとライン」
- 全国労働組合総連合の「労働相談ホットライン」
- 日本労働組合総連合会の「なんでも労働相談ダイヤル」
【まとめ】労働基準法に基づく年間の労働時間の上限は、週の法定労働時間を基準にして算出
今回の記事のまとめは次のとおりです。
- 年間労働時間は、労働基準法32条で規定されている「法定労働時間」における労働と、法定労働時間を超える「時間外労働」のそれぞれを合計することによって算出されます。「労働時間」とは「客観的に使用者の指揮命令下に置かれていると評価できる時間」のことをいいます。
- 年間の法定労働時間の上限は、1年が365日の年であれば、約2085時間になります。
- 時間外労働については、「働き方改革関連法」の施行によって長時間労働の是正を目的とした上限規制が導入されており、原則は「月45時間・年間360時間以内」です。繁忙期やトラブル対応等の「特別な事情」があって労使が合意する場合は延長ができますが、その場合でもいくつかの上限規制ルールを守らなければなりません。
- 年間の法定労働時間の規定を遵守しつつ、労働者が柔軟に働くことができるように、変形労働時間制、フレックスタイム制、みなし労働時間制などの制度が活用されています。
- 「慢性的に1ヶ月の時間外労働が45時間を超えている場合」や「所定労働時間が8時間で、年間休日が105日未満の場合」等は、労働基準法に違反した働き方を強いられている可能性があるため、証拠を集めた上で弁護士や公的機関に相談するのがよいでしょう。
年間の労働時間が法定労働時間を大きく超えるような過度の時間外労働でお悩みの方は、弁護士や労働基準監督署等の公的機関にご相談ください。