「たまに、会社で使うシャーペンの替え芯やボールペンなどを自宅に持って帰って使っているけど…もしかして、これって犯罪になる?」
会社の費用で用意した会社の備品の所有権は、会社にあります。
ですから、会社の備品を自宅に持ち帰って私的に利用することは、会社の所有権を侵害する行為として、会社から民事上の損害賠償(弁償)を求められたり、場合によっては懲戒処分の対象となったりする可能性があります。
さらに、民事上の責任にとどまらず、窃盗罪などの犯罪が成立してしまう可能性もあります。
このくらいなら誰でもやっているから…。軽い気持ちで備品を持ち帰ってしまうと、思わぬ責任問題に発展するかもしれません。
今回の記事では、次のことについて弁護士がご説明します。
- 会社の備品の持ち帰りと成立しうる犯罪
- 「窃盗罪」「横領罪」「業務上横領罪」の違い
- 会社の備品の持ち帰りと民事上の責任
早稲田大学、及び首都大学東京法科大学院(現在名:東京都立大学法科大学院)卒。2012年より新宿支店長、2016年より債務整理部門の統括者も兼務。分野を問わない幅広い法的対応能力を持ち、新聞社系週刊誌での法律問題インタビューなど、メディア関係の仕事も手掛ける。第一東京弁護士会所属。
会社の備品の持ち帰り。これってなんの犯罪になる?
会社の備品の持ち帰りは、次の犯罪が成立する可能性があります。
- 窃盗罪(刑法235条)
- 横領罪(刑法252条)
- 業務上横領罪(刑法253条)
それぞれ説明します。
窃盗罪・横領罪・業務上横領罪とはどんな犯罪?
刑法は、これら3つの犯罪について、次のように規定しています。
第235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
第252条1項(横領)
自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の懲役に処する。
第253条(業務上横領)
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。
それぞれの違いを表にすると、次のとおりです。
なお、2022年6月に懲役刑・禁固刑を一本化して代わりに「拘禁刑」が新設される改正刑法が成立しました。この改正刑法は2025年頃までに施行される予定です。
窃盗罪 | 横領罪 | 業務上横領罪 | |
---|---|---|---|
条文 | 刑法235条 | 刑法252条 | 刑法253条 |
主体 | 制限なし | 他人の物を占有(*)する者 | 業務上、他人の物を占有する者 |
客体 | 他人の物 | 占有する他人の物 | 業務上、占有する他人の物 |
法定刑 | 10年以下の懲役 又は 50万円以下の罰金 | 5年以下の懲役 | 10年以下の懲役 |
(*)占有とは、物を事実上支配している状態を指します。
現実に手に持っている場合だけでなく、例えば別の場所の金庫などに保管して手元にない場合であっても、自分が鍵を持っていて、他人は中の物を持っていけないような状態であれば、事実上の支配がありますから占有があることになります。
それぞれの犯罪の具体例を挙げると、次のようになります。
【窃盗罪の具体例】
- 本屋で読みたかった本を見つけて万引きをした
- 同僚のロッカーから財布を持ち帰り、中の現金を使った
- 駐輪場に停めてあった自転車に乗って、そのまま乗り捨てた
【横領罪の具体例】
- 友人が旅行中に預かっていたペットを欲しがっていた人に売ってしまった
- 友人から借りていたマンガを古本屋に売ってしまった
「窃盗」と「横領」は、財産的価値のある他人の物を自分の物にしてしまったり、本来は所有者でなければできない処分をしてしまうという点で共通しています。
「窃盗」と「横領」の違いは、犯罪を犯した時、他人の物を自分が占有していたかどうかです。
他人から頼まれて自分が占有している他人の物を自分の物にしてしまうと「横領」、自分が占有していない他人の物を自分の物にしてしまうと「窃盗」です。
【業務上横領罪の具体例】
- 会社の集金業務の担当者が、会社に帰る途中で集金したお金を使ってしまった
- 銀行の職員が、顧客の預金を引き出して着服した
「横領」と「業務上横領」は、自分の占有している他人の物を、自分の物にしてしまったり、本来は所有者でなければならない処分をしてしまうという点で共通しています。
「横領」と「業務上横領」の違いは、他人の物を占有している根拠が、「業務に基づくものかどうか」です。
単に友人などに頼まれて私的に持っている物を自分の物にしてしまうと「横領」、業務に基づいて持っている他人の物を自分の物にしてしまうと「業務上横領」です。
なお、「業務」とは、必ずしも「仕事で」という意味ではなく、社会生活上の地位に基づいて反復継続して行う場合、という意味です。
例えば、PTAの会計担当者が保護者から集金したお金を使い込む場合などは、仕事でしているわけではありませんが、業務上横領罪が成立する可能性があります。
横領罪は罰金刑がなく、懲役刑しかない重い犯罪です。
業務上、他人の物を預かっている人はそれだけ責任が重いのです。
会社の備品を持ち帰るのはどの犯罪?
会社の備品を持ち帰ると言っても、備品の財産的価値や持ち帰る人の職場での責任・立場など、その態様は様々です。
会社で働いている従業員が会社内にある物を持ち帰って自分の物にしてしまうという意味では、全て「横領罪」又は「業務上横領」に当たると思われるかもしれませんが、そうとは限りません。
会社内にあったとしても、全ての従業員に占有があるとは限らないからです。
例えば、極端な例ですが、会社の役員室に設置され、役員しか使えないようなパソコンを平社員がこっそり部屋から持ち帰ったような場合には、平社員にはそもそもそのパソコンの占有はありませんから、この場合には窃盗罪が成立するでしょう。
特に、会社の備品を持ち帰る場合に業務上横領罪が成立するには、持ち帰った人に持ち帰った備品についての管理権があるようなケースに限られます。
例えば、次のようなケースです。
- 会計業務を任されていた経理担当者が、保管していたお金を持ち帰って着服した
- 収入印紙を保管管理している契約担当者が、保管中の収入印紙を持ち帰って転売した
- 商品の保管管理業務を任されている店長が、店の商品を持ち帰って横流しした など
他方、持ち帰った人には持ち帰った備品の管理権がなく、会社から特に支配を許されているような事情もなければ、横領ではなく窃盗罪が成立することになります。
たとえば、会社の業務に利用するために、事務室などに用意してある予備の文房具などを一従業員が自宅に持ち帰ってしまうようなケースでは、窃盗罪が成立する可能性が高いと言えます。
窃盗罪・横領罪・業務上横領罪のいずれかが成立するかは、持ち帰った物の保管・管理状況や持ち帰った人の業務内容によって異なりますが、いずれにしても会社の備品を無断で持ち帰り、私用に使ってしまうと罪名はともかく犯罪に当たる可能性が高いですから、絶対にやめましょう。
会社の備品の持ち帰りについて、民事上の責任は?
会社の備品を持ち帰った場合、刑事上の犯罪になるほか、持ち帰った備品について会社から損害賠償を請求される可能性があります。
備品の持ち帰りが会社にバレてしまいました。
怖くてしらを切っていたら、持ち帰った備品の代金相当額を給料から天引くと言われてしまったのですが、これはあきらめるしかないのでしょうか。
従業員の同意がないのに、給料から天引きすることは労働基準法24条の「給料の全額払いの原則」に反して違法ですから許されません。
私が弁償しないのであれば、入社の際に差し入れた身元保証書に基づき、身元保証人に請求すると言われましたが、それも仕方ないのでしょうか。
会社の備品の持ち帰りが間違いないのであれば、身元保証人に賠償を請求される可能性もあります。
ただ、身元保証書の有効期限は、原則として期間が定められていない場合には3年、期間が定めてある場合でも5年(身元保証に関する法律1条)が最長ですので、入社からそれ以上の期間が経っている場合には、身元保証人に損害賠償を請求することはできません。
会社の備品を持ち帰った場合、会社は被害者ですから、警察に相談して被害届を提出すると、警察が捜査をする可能性があります。
持ち帰った備品の価値などによっては、逮捕されたり、場合によっては裁判になって有罪判決を受けることも考えられます。
次にご説明するとおり、会社は備品を持ち帰った従業員に対して何らかの懲戒処分をすることも可能です。
もしも、本当に会社の備品を持ち帰ってしまったのであれば、会社と話し合って問題を解決することをお勧めします。
会社の備品の持ち帰りで懲戒解雇される可能性はある?
懲戒解雇とは、犯罪行為や重大な経歴詐称などをした場合に、罰として行われる解雇のことで、従業員への懲戒処分の中で最も重い処分です。
懲戒解雇は、従業員の立場に重大な影響を与えますので、次の条件を満たしていなければいけません。
- 懲戒解雇の事由・程度が就業規則に明記されていること
- 問題となった労働者の行為が、就業規則上の懲戒解雇の事由に該当すること
- 懲戒解雇が社会通念上相当であること
会社に対する横領罪や窃盗罪などの犯罪が成立する場合には、会社に対する重大な背信行為ですから、(持ち帰った備品の価値にもよりますが)通常は懲戒解雇が認められる可能性が高いでしょう。
また、懲戒解雇までいかなくても、減給などの処分を受けることは十分にあり得ます
みんなやっているから…そんな軽い気持ちで備品を持ち帰ってしまうと、想像以上の大事になる可能性があります。
懲戒解雇について詳しくはこちらの記事をご覧ください。
【まとめ】 会社の備品を持ち帰った場合、窃盗罪などの罪が成立する可能性がある。
今回の記事のまとめは、次のとおりです。
- 会社の備品を持ち帰る行為は、窃盗罪や横領罪や業務上横領罪が成立する可能性がある。
- 会社での立場上、備品の保管や管理業務を担当していたり、会社から備品の支配を認められているような場合に持ち帰ってしまうと業務上横領罪が成立しうる。
- 仕事で保管や管理を担当していないような備品を持ち帰る場合には窃盗罪が成立しうる。
- 会社の備品の持ち帰りは、犯罪だけではなく会社から損害賠償を請求されたり、懲戒処分を受ける可能性がある。
- 会社に対する犯罪行為は重大な背信行為のため、場合によっては懲戒解雇もありうる。
会社の備品を持ち帰ってしまい、会社とトラブルになっている方は、刑事事件や労働問題を取り扱っている弁護士にご相談ください。